明才高等学校 卒業式
明才高等学校卒業式の朝……あ、どうも皆さん。毎度おなじみさやちゃんでございますですよ~ 今回は天の声として物語を進めさせていただきますので最後までお付き合いよろしくお願いします。
閑話休題。
明才高等学校卒業式の朝、海パイセンはいつもより少し……いえ、だいぶ早く家を出ました。
おやおや、海パイセ~ン前から誰か来たみたいですよ。
「おはよぉぉぉう!」
「おはよう柚鈴、いつものランニングか?」
「今日は、仕度に時間がかかっちゃって!」
「仕度って言うのはその髪の事か?」
海パイセンは柚鈴先輩の髪に視線を向けました。生徒会を卒業してから伸ばし始め、今やセミロング程の長さとなった柚鈴先輩の髪は日課である全力全開ランニングで大きく乱れていました。
「もうっ! 折角動画見ながら二時間かけてセットしたのにぃ!」
「二時間か……今からだと式に間に合わなさそうだけど……」
お困りのようですねぇ~ ……。おっと失礼間違えました。
「海パイセン、柚鈴先輩。どうやらお困りのようですねぇ~」
「さやちゃん!」
「おやおや、柚鈴先輩。あと一時間半後には学校に着いていないといけないのに随分と独創的なヘアスタイルになっていますね~」
「さやちゃん、どうにか出来ないか?」
「全く海パイセンはさやちゃん使いが荒いですねぇ~ まぁ、偶然にもさやちゃんシスターがこの近くで撮影をしていて、偶然にも一時間半ほど休憩時間らしいのでスタイリストさんの力お借りします! 出来るかもですけどぉ~ どうします?」
「是非!」
柚鈴先輩はそう言ってさやちゃんに飛びついてきました。ろ、肋骨の辺りが痛い。
「ではでは、時間も無いことですから急ぐとしましょうか」
「海君、また後で」
「以下同文です」
天の声ではない方のさやちゃんは柚鈴先輩と共にその場を去っていきました。その様子を親のような目線で見守っていた海パイセンは明才高等学校へ向けて歩き出して行きました。
「海先輩、おはようございます」
「おはようございます」
そう声を掛けてきたのは生徒会が誇るベストカップルの笑舞先輩と颯先輩でした。
「二人ともおはよう。相変わらず仲が良いみたいで安心したよ」
「え? あっ、いや……これは」
「別に良くないか? 隠している訳じゃないし」
海パイセンに手を繋いで(もちろん恋人繋ぎってや~つです)いるのを見られていることに気が付いてしまった笑舞先輩は急いでその手を離そうとしましたが、颯先輩はその手をしっかりと握って離しませんでした。
「二人の関係、凄く羨ましく思うよ」
「これでもしょっちゅうケンカしていますよ」
「海先輩聞いて下さい。笑舞のやつこの間なんて……」
笑舞先輩と颯先輩は校門をくぐるまでの間、今まで話すタイミングの無かったのろけ話を今がチャンスと言わんばかりに語りました。
「二人ともなんだかんだ言ってお互いの事が好きなんだな」
「ま、まぁ」
「海先輩だって笑舞みたいな相手が出来たらこうなりますから」
「そうか、もしそうなったらその時はめいっぱい話を聞いてもらうからな」
「望むところです」
「それではワタシたちはここで」
「あぁ、また後でな」
「海先輩!」
「「ご卒業おめでとうございます」」
二人は声を合わせてそう言いました。不思議なことに、その言葉を受けた海パイセンよりもその言葉を送った二人の方が目を潤ませていました。
「二人とも、ありがとう」
再び一人となった海パイセンは三年間の高校生生活で多くの思い出を作ってきた校舎に思いを馳せながら三年三組の教室の扉を開きました。
「遅い」
「悪い、待たせた」
教室には明日香先輩が一人きりで海パイセンが来るのを待っていました。
「……」
「……」
およそ五分間の間、二人はただただ見つめ合っていました。
「しばらく、会えないから」
「美沙から聞いたよ。あと一週間もしないで引っ越すって。正直、悲しかった……どうして教えてくれなかったのか」
「誰よりも先に言いたかったに決まっているでしょ。でも言えなかった。言ったら海は絶対悲しい顔をする。何日も、何日も。そんな顔の海を見たくなかった。大好きな人のそんな顔!」
勢いに任せて思いを口にした明日香先輩はまだ口にするはずではなかった思いも口にしてしまいました。
「あ、いや。違うの。今のは……」
「気付いていたよ。何となくではあったけど、明日香の気持ち」
「ダメ。やめて。仕切り直させて」
「ごめん。俺だって、明日香の悲しい顔を見たくない。だから、気付いても気が付いていないフリをしていた。でも、明日香の気持ちをはっきり聞いちゃったからには答えるしかないだろ……」
「ヤダ、何も、何も言わないで」
何かを察して拒絶する明日香先輩でしたが、心の奥底にある『期待』の二文字は消えていませんでした。
「明日香、俺はお前のことが……
好きだよ。
でも、それは異性としてじゃない。あくまで幼馴染として、この十八年どんな時だって一緒に過ごしてきた家族のような存在として好きなんだ。多分、この思いがそれ以上に変化する事は無い」
「……」
明日香先輩は何も言わずに教室を出て行ってしまいました。入れ替わるように美沙先輩が教室へ入って来ました。
「明日香? あ、海も一緒か。早い……言ったの? 言われたの?」
美沙先輩は一瞬で状況を理解しました。
「どっちも」
「そっか。入場までには間に合わせるから適当な言い訳はお願いね」
「ごめん。最後の最後まで」
「海、スマイルスマイル。これから答辞を読む人がそんな暗い顔していちゃダメでしょ!」
「あぁ、スマーイル」
「うん、最高に良い笑顔だよ」
そう言って美沙先輩は明日香先輩の後を追いかけ、海パイセンとの約束通り卒業生の入場までには目が真っ赤に腫れている明日香先輩を連れて戻って来ました。
そして、明才高等学校卒業式が、
生徒会長だった芹沢海の卒業式が、
生徒会副会長だった福品美沙の卒業式が、
生徒会会計だった早川柚鈴の卒業式が、
生徒会庶務だった春風明日香の卒業式が、
始まり、終わりました。
「あれ? 海は?」
最後のホームルームが終わってすぐ、美沙先輩は海パイセンの姿が見えなくなっていることに気が付きました。
「早く来て驚かすつもりだったが、まさか生徒会長ともあろうものが仕事をさぼってもう待っているなんて思ってもいなかったよ」
「ごめんなさい。最後の最後で失態を」
本来この時間には誰も居ないはずの生徒会室でナナパイセンが海パイセンのことを待っていました。
「まぁ、最後だからな。今回は大目に見るよ。今の俺には何の権限もないし。それに……
「……えぇ~!? か、海先輩もしかしてナナが言おうとしていること気付いちゃっています?」
「あぁ~っと……多分」
二人とも真面目モードで向き合っていましたが、いつの間にかいつもの雰囲気に戻ってしまっていました。
「通知の機能ってあるだろ? もしかしたら俺のだけかもしれないけど、あそこに通知が出たメッセージってアプリ上で取り消しても残るっぽい。それで、七海が俺を呼びだそうと試行錯誤していた文面全部読めちゃって。なんとなくわかっちゃった」
「う、嘘。嘘ですよね?」
「じゃあ、試しにやってみるか? まだスマートフォンは見ないでくれよ」
「は、はい!」
海パイセンはナナパイセンあてにメッセージを送り、アプリ上でそのメッセージを取り消しました。
「もう見ても良いぞ」
「はい……」
海パイセンがアプリ上で確かに取り消したはずの
『俺も七海と同じ気持ちだ』
というメッセージはナナパイセンのスマートフォンの通知機能にしっかりと残されていました。
「か、海先輩これはどういう?」
「そのまんまの意味だよ。取り消されたはずの七海のメッセージを見た俺の素直な返事」
ナナパイセンは恥ずかしさと嬉しさとパニックで頭が沸騰しかけていました。
「ゆっくりでいい。七海の言葉で伝えてくれないか?」
「ひゃ、ひゃい」
ナナパイセンは大きく深呼吸をして、海パイセンに芹沢海という人間と出会って変わることの出来た初島七海という人間に戻りました。
「海先輩、初めて出会った時に一目惚れをしてそれからずっと海先輩のことが好きです。大好きです! 付き合ってください」
さやちゃんがこの状況をセッティングしたあの日から考えては作り直し、考えては作り直しを繰り返してきたその言葉は最終的にストレートなものになっていました。
「初めて出会った時は緊張しいで引っ込み思案な小動物みたいな後輩だった七海を俺はずっと妹のように可愛いと思っていたし、その気持ちは家族に対する好きだと思っていた。でも、生徒会で七海と過ごしていくうちにその好きが家族に抱く好きとは少し違うような気がしていた。その気持ちに気付いたのは生徒会を辞めてからだった。七海に会えないことが寂しくて心が苦しかった。校内ですれ違った時、何かと用事を作って生徒会に顔を出した時に七海を見るととても心が豊かになった。俺は間違いなく七海のことが
大好きだよ。
俺なんかで良ければ、よろしくお願いします」
海パイセンはナナパイセンに頭を下げて右手をまっすぐ伸ばしました。そしてその手をナナパイセンが小さな両手で包み込みました。
そんな様子を見てさやちゃんは天の声という役目も忘れて拍手を送りました。
「さやちゃん!?」
「さやちゃんだけじゃないですよ」
と、さやちゃんは慌てて言いました。
「七海ちゃんやったね!」
さやちゃんに続いて生徒会室に飛び込んだ柚鈴先輩はスタイリストさんの手によってバッチリセットされたヘアスタイルが崩れてしまうほどの勢いをつけてナナパイセンに抱き付きました。
「柚鈴先輩」
「海先輩はナナにそんな感情を抱いていたのですね」
笑舞先輩はどことなくお姉さんである風和先輩の雰囲気を身にまといながらそう言いました。さやちゃん風和先輩のことはあんまり詳しくないですが。
「海先輩ののろけ話を聞かされるのもそう遠くなさそうですね」
颯先輩はニヤニヤと微笑みながら海パイセンのことを肘で小突きました。
「颯先輩、何ですかその話? 僕も美沙先輩との……すいません何でもないです」
恵吾くんは颯先輩の言葉に食いつきつつうっかり口にしてしまった美沙先輩との関係にしまったというような顔をして口を閉ざしました。
「お前ら、まさか盗み聞きしていたのか?」
「だって急に海が居なくなるから」
美沙先輩は何も言わずに居なくなった海パイセンに呆れながらもどこかホッとしたような表情でそう言いました。
「在校生も卒業生も海さんが出てくるのを外で待っていますよ」
ここで出てこなかったら忘れてしまうところだった……さやちゃんがではなくて、読者の皆さんがという意味です。小雨先生は何が起きているのかは理解していないまでも、海パイセンを見つけることが出来たことにホッとしていました。
「今日だけは海がこの学校の主役だから」
天の声ではない方のさやちゃんよりも早く生徒会室の扉の前で中での話に耳を傾けていた明日香先輩はスッキリとしたような表情をしていつもの様に海パイセンを嫌うような言い方でそう言いました。言うまでもなく明日香先輩は海パイセンを嫌ってなどいません。
「じゃあ、行くか!」
海パイセンを先頭にして生徒会のメンバーは在校生、卒業生、保護者やOGの先輩方の前に向かいました。
これが、明才高等学校生徒会室に保管されている芹沢海の代に記された生徒会議事録いえ『生徒会擬似録』の全内容です。
ここまでのご愛読誠にありがとうございました。また皆様とお会いできる機会が訪れることを生徒会一同楽しみにしております。
『生徒会擬似録』 了。
生徒会擬似録 姫川真 @HimekawaMakoto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます