ほうどうぶふくぶちょう

 流石に昨日はむかついたとはいえ、いつも以上にやり過ぎたことを心の底から反省した私はせめてもの償いとして海の一番の好物であるコロッケを作っていました。

「明日香、キャベツでも切ろうか?」

「大丈夫、海はゆっくりしていて」

 細かいことに気が付き手を貸してくれようとする海にいつも以上に優しい口調で私がそう答えると、海は断られたのにもかかわらず笑顔を見せて、

「いつでもこき使ってくれて構わないからな」

 そう返してきました。

「ねぇ、昨日の事だけど……」

 本当にごめんなさい。そう伝えようとすると、海のスマートフォンが鳴り出しました。

「悪い、後でもう一度聞かせてくれ。はい、芹沢です」

「本当にごめんなさい」

 私の口から押し出されて出てきてしまったその言葉は本来とは別の用途での使われ方となってしまい、その言葉は海に届きませんでした。

「え! 今から? いや、急だから驚いただけ。家の場所は、言うまでもなく知っているだろうね。はい、それじゃ」

「誰か来るの?」

 電話対応中の声が普段より若干高かったので少なくとも役員の誰かではないと推理しながら私はそう尋ねました。

「龍鵞峯さん。近くを通りかかったから新年の挨拶も兼ねて家に寄っても良いかって」

 海がそう告げた瞬間にインターホンが鳴りました。

「早いな。もう来たのか」

「いや、明らかに家の前で連絡してきたでしょ」

「だろうな」

 海はクスリと笑うと報道部副部長の龍鵞峯一さんを出迎えに行きました。その間に私はコロッケを揚げ始めました。

「お邪魔します。……おや、春風さんじゃないですか。明けましておめでとうございます。今年も一年よろしくお願い致します」

「おめでとうございます。こんな格好での挨拶になってしまい申し訳ありません」

「いえ、お昼時に突然来たウチが悪いのでお気になさらずに。ところで、お二人は同棲していらっしゃるのですか?」

「「はぁ!?」」

 不意打ちで打ち込まれたその発言に私と海は同時にそんな声を上げてしまいました。

「単刀直入過ぎましたね。オブラートに包んでお聞きしますが、芹沢生徒会長と今月一日付で生徒会庶務に就任された春風明日香庶務は幼馴染とのことですが、一つ屋根の下で暮らしていらっしゃるのですか?」

「そんな訳無いだろ。俺の生活スキルが乏しいから見かねた明日香が手伝いに来てくれているだけだ」

 すぐには答えられなかった私の代わりに海がスラスラと返答してくれました。

「そうですか、報道部の独自の情報網によると春風庶務は昨晩ここ芹沢会長の自宅にお泊りになられたとか?」

「それはだな……」

「芹沢会長、申し訳ありませんがここは春風庶務の方から返答をお聞かせいただきたく思います」

 何となく察しはついていましたが、龍鵞峯さんの目つきは完全にスクープを狙う記者の目になっていました。

「昨日も冬休み期間で自堕落な生活を送っているであろう海に喝を入れるためにここを訪れました。私としては家事を済ませ次第帰宅する予定でしたが昨日は視界が不十分なほどの大雪だった為、海から『危険な思いをして帰宅するくらいなら泊っていくと良い』というような発言を受けその言葉に甘えて宿泊しただけです」

 一部脚色はしましたが、私はあくまで仕方なく宿泊したことを伝えました。

「報道部に入って来た情報によれば昨日だけでなく度々芹沢会長の自宅に生徒会役員が出入りし、ときに宿泊しているとのことですが」

「それに関しては俺から説明するが構わないか?」

 海の問いに私は小さく頷き、龍鵞峯さんは作り笑顔を浮かべながら、

「どうぞ」

 と答えました。

「役員が出入りしているのは確かだ。この家は生徒会室以上に情報漏洩のリスクが低いからな。役員が宿泊している件に関しては俺が無理を言って役員を夜分遅くまで引き留めてしまった際に危険が伴う夜道を歩かせるわけにはいかないという思いがあっての行動だ。生徒会会長であり男子生徒である俺が女性役員を自宅に宿泊させている事実に関して、俺及び生徒会役員に悪い印象を与えてしまうことは間違いないだろうが、役員の身の安全を思っての行動であるという事は理解してほしい」

 先ほどの私同様に海の発言にも一部脚色がありましたが、おおよそ間違いのない回答でした。

「報道部としてはその様な理由で間違いがないという確かな情報は得ていますので生徒会に悪影響を及ぼす記事を書くつもりは毛頭ありません。ただ、実際の現場を確認し、本人から証言を得られたのは大きな収穫でした。突然お伺いして申し訳ありませんでした」

「今回の事で報道部の情報網の凄さを思い知ったよ。出来ることなら報道部は敵に回したくないな」

「それは、お約束できませんね。それではウチはこれで」

「龍鵞峯さん」

 リビングを出て行こうとする龍鵞峯さんに私は声を掛けて引き留めました。

「何か?」

「お昼済ませてしまったかもしれないですけど、もし良ければどうぞ」

「コロッケですか。嫌いじゃないです。ありがとうございます。このお礼は何かしらの形でお返ししますね」

「おすそ分けなので、お気遣いなく」

 私はそう言って龍鵞峯さんと彼女を玄関まで見送りに向かう海の背中をジッと見つめました。




龍鵞峯 「潜入調査終了しました」

青山  「結果は?」

龍鵞峯 「叩いても埃が出ないほど綺麗なシロです」

青山  「虚偽報告は部長就任に大きな悪影響を及ぼすよ」

龍鵞峯 「そんな大事な時期に」

龍鵞峯 「今までお世話になって来た師匠を裏切るわけがないじゃないですか」

青山  「そんなことはいいや。本命は?」

龍鵞峯 「それに関しても無いです」

龍鵞峯 「少なくとも現時点はですが」

青山  「了解。これで次期部長は決まった」

青山  「来週を震えて待っていて」

龍鵞峯 「はい、師匠」

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