いせいこうゆう

 これまでの人生の中で幾度となく緊張というものを体験してきたワタシですが、今ほどの肌で感じるほどの緊張をした事はありませんでした。

「それでは、これより第一回生徒会役員会議を行います。今回の役員会議では、先本千景前生徒会長の要望を受けて前生徒会役員にも参加して頂きます」

 会長の説明にもあった通り、前生徒会役員である先本千景先輩、最上為奈先輩、ワタシの姉さまである小柳橋風和、会長と美沙先輩の幼馴染である春風明日香先輩も役員会議に参加することもあって、今日は生徒会室の隣にある生徒会小会議室場所を変えました。

 並びは会長から時計回りで千景先輩、美沙先輩、為奈先輩、柚鈴先輩、姉さま、ワタシ、七海、明日香先輩と並んでいて特に真正面に座っている姉さまの視線がワタシにとって大きなプレッシャーとなっていました。

「今回の会議の内容について私の方から発表させてもらおう」

 明才高等学校の生徒ならば一度は聞いた事のある千景先輩の『コホン』という咳払いで、ただでさえ緊張感に包まれていたこの生徒会小会議室の空気はより一層張り詰めました。

「今回話し合う内容は『共学化に伴い起こっている男女間の異性交遊について』この内容について新旧生徒会で話し合っていきたいと思う」

「まずは、各役員が目にした男女間の異性交遊について千景先輩から順にお願いします」

「そうだね。私が知っている異性交遊といえば、芹沢会長と明日香の関係かな」

「待ってください。私と海はただの幼馴染で!」

 いきなり自分の話題になって驚いた様子の明日香先輩は机を強く叩いて千景先輩に抗議しました。

「勿論それは理解しているさ。私自身二人の関係をとても微笑ましく感じているし、伊まっさらその関係を変える必要はないと思っている私個人として知っている異性交遊として君たち二人を例にあげさせてもらっただけだから許してはもらえないだろうか?」

「そうでしたか、むきになってしまい申し訳ありませんでした」

「次は、美沙」

「美沙も千景先輩と同じく海と明日香が一緒に居る光景をよく見かけますが、役員会議で話題にするほどの問題は無いと思います」

「次はボクの番だけれど、その前に下級生諸君に聞きたい。君たちの学年では男子生徒はどのような立ち位置になっているのだろう?」

 為奈先輩は突然の問いにワタシたちは少し考え込みました。

「美沙が見る限りだと美沙たちの学年では男子生徒は男子生徒だけで固まって生活しているように感じられます」

「笑舞ちゃん達の学年は?」

 美沙先輩が答え終わると姉さまが一呼吸置くことなくワタシを指名して尋ねてきました。

「ワタシの学年でも美沙先輩方の学年と似ています。芹沢会長と美沙先輩、明日香先輩の様に同じ中学から明才高等学校に進学した男子生徒は女子生徒と話している姿を見かけることはありますが、基本的には男子生徒は男子生徒で固まって生活しています」

「その様子はボクも目にすることは多いかな。故に異性交遊を見かける機会より同性間交遊の方が多々見かける」

「次は、柚鈴。もし可能なら部活での側面から話してもらえるか?」

「わかりました!!」

 柚鈴先輩はワタシ以上に緊張しているようで『!』の数が普段より一つくらい多いように感じられました。

「部活動の側面からお話させていただくと、昨年から部活動に男子生徒が加わるようになりました!! ただ、運動部では男女での力の差という問題があるので他校にならって今年度から部活を男女別に分けることになりました!! それによって男子生徒と女子生徒の関わりが去年より薄くなったように感じられます!!」

「なるほど。風和も予算関係で男子生徒と関わっていたと思うけれど何か感じたことはあった?」

「私が感じたのは、明才は女性社会すぎて男子生徒の立場が無くなっている。例えば、先月までの部費の請求は同じ部活動でも女子は多過ぎるくらいに請求してくるのに男子は私が計算する限りでの最低額以下を請求するとか」

 この話に関しては、自宅で姉さまが珍しく頭を抱えて悩んでいたので話を聞いたことがありました。なんでも、女子生徒が男子生徒のいない所で男子の部活動が部費を請求すると自分の部活の部費が少なくなるという話をしていたのを偶然聞いてしまった男子生徒がいたらしくそれが原因で部費を最低限以下で請求しているとのことでした。

「ありがとう。その話については後で話すとして、笑舞さんお願い」

「そうですね、ワタシが聞いたのはあくまで噂なのですがストーカー被害でしょうか」

 ワタシがそう言うと、前生徒会役員五人が顔を見合わせました。

「笑舞、知っている限りの情報で良いからそれに関して詳しく……」

「芹沢会長、申し訳ないけれど、その話は一旦保留にさせてもらえるかな」

 ストーカー被害の話に関して、今まで見た中で最も真剣な面持ちで詳しく説明を求めた会長を千景先輩は会長以上に真剣な面持ちで止めました。

 そんな二人を見ていたワタシを姉さまは前生徒会役員にとって踏み込んではいけない場所に踏み込んでしまったらしいワタシを叱りつけるような。はたまた、慰めているような。そのどちらともいえるような視線でワタシを見つめていました。

「七海ちゃん、話してもらえるかな」

 そして姉さまはいつも通りの表情と声色でワタシを飛ばしてナナに話を振りました。

「ナナのクラスにはお付き合いをしているような女子生徒と男子生徒がいます。目に余るような行動はしていないですが、これからどうなるのかはわからないです」

「ここまでの話を聞いた限りでは私や教員たちが危惧していたような不純な異性交遊は無いようで安心していたけれど、やはり見えないところでそうなりうる芽は生えてきているようだね」

「最後に明日香」

「ワタシの学年にも七海さんの学年の様に付き合っている男女は少なからずいるように感じられます。ただ、それのどこから我々が規制するべきなのかはしっかりと議論すべきだと思います」

 明日香先輩は簡潔ながらも真剣にそう告げました。恐らくそれは自らも恋をしているからなのだろうとワタシは密かに感じました。

「芹沢会長、私としては明才高等学校初の男子生徒会長である君の意見も聞きたいのだが、話してもらえないだろうか?」

「そうですね。俺が見聞きした限りだと、明才は共学化して二年目になりますがまだ男子生徒が明才の空気感に馴染めていないように感じられます。それは多分、小柳橋先輩が言っていた通り女性社会の風潮が根強く残っているのも原因ではないかと思います」

「海ちゃんに聞くけれど、海ちゃんならこの風潮をどのように解決する?」

「さっぱり思いつきません。ただ、女子生徒が学校の七割を占めるこの学校で男子生徒の俺が生徒会長に当選したという事は、その風潮を変えられる可能性があるのだと俺は思います」

 姉さまの意地の悪い質問に臆することなくそう告げた会長を姉さまは鼻で笑いました。

「姉さま、満足されましたか?」

「えぇ。笑舞ちゃんは本当に面白い人の下に付いたわね。羨ましい」

 姉さまはしみじみとそう言いました。

「では、全員の意見が出たところで次の議題に移ろうと思うのだけれど、構わないだろうか?」

 千景先輩のその問いに異議を唱えた人は居ませんでした。

「次の議題は先ほど明日香も話題にあげていた『不純異性交遊の生徒会及び学校による規制の線決め』に関して話し合っていきたいと思います」

「この議題に関しては共学化以前の生徒会、私の代の生徒会でも話し合った議題ではあるのだけれど、今日まで決まることがないままでいる」

「話し合いをする前に、この紙を読んでもらえるかな」

 そう言うと、為奈先輩が会長、柚鈴先輩、ワタシ、ナナに一枚の紙を配りました。

「その紙を読んで理解したら即座にシュレッターにかけてもらえるかな」

 前生徒会役員が真剣な面持ちをしている中で議事録には残すことは出来ないけれど、大まかに言うとワタシが先ほど話題にあげたある男子生徒の起こした度の過ぎたストーカー被害に関しての情報が詳細に記されたプリントをじっくりと読み、理解した上でシュレッターにかけました。

「今読んだそれを頭に入れたうえで話し合いを始めます」

 役員会議開始時よりも重い空気の中、話し合いが始まりました。

「意見しても良いですか!!」

 重い空気を断ち切るように誰よりも先に勢い良く発言をしたのは柚鈴先輩でした。

「柚鈴さんどうぞ」

「不純異性交遊の線決めからは少しずれた話になってしまいますが、お互いがお互いを思っているのであればワタシたちが線決めする必要はないと思います!!」

「そうだね。ボクも柚鈴君の意見には大いに賛成だよ」

 為奈先輩がそう告げると姉さまはとても大きな溜息を吐きました。

「それはつまり、両者が合意の上なら非人道的な行為も許可をするという事?」

「そう言うことでは!!」

「全く、風和君は人が悪い」

「生徒会役員という肩書を背負った以上は生徒が安全に過ごせる環境を作るのは当たり前のことでしょう?」

 姉さまがそこまで真剣に明才のことを思っているなんてワタシは思ってもいませんでした。

「海ちゃんの意見を聞かせて。私たちが無理やりにでも出せたはずの答えを出していないのは男子生徒からの意見を聞いた上でないと判断できないという結論に至ったからなのだから」

「そうですね。俺個人としては、学生に限らず恋愛は規則に縛られず行える方が良いのではないかと思います。もちろんその結果、度の過ぎた行為が行われる可能性も少なくは無いと思います。そうならない環境づくりを考えるべきではないかと思います」

「芹沢会長、それって具体的にはどのような事をすれば良いとお考えですか?」

 明日香先輩はジッと睨みつけるように会長の目を見つめて真剣な面持ちで尋ねていました。

「匿名で相談が出来るカウンセリングルームの設置とか」

「良い案だとは思うけれど、誰もが気兼ねなく利用できるとは限らないのではないかな?」

「なら、ナナたちが相談したいと思っている相手の所へ行ってお話するのはどうでしょうか?」

「悪くない」

 ナナの意見にいち早く同意をしたのは為奈先輩でした。

「実は、今話したのはナナの実体験で……。為奈先輩、あの時は本当にありがとうございました。為奈先輩がナナに話しかけてくれなかったら、ナナは多分ここに居ません」

「ナナ君の気持ちが晴れたのならボクがやったことは間違いではなかったという事だね」

「でも、こっちから話しかけるのは難しくない?」

「美沙ちゃんの言う通り。誰もが為奈や千景のような人間では無いのだから」

 姉さまはその案には納得できないようでその案を否定しようと必死になっているように見受けられました。

「姉さま、姉さまとあろう方が、行動もしてみせずに否定するのですか? お言葉ですが、妹として、同じ生徒会役員として恥ずかしいです」

「笑舞ちゃんは誰に向かってそのような口を利いているのかな?」

「風和先輩、笑舞、落ち着いて」

「それで鞘を納めてくれるほど小柳橋は甘くないよ」

 ワタシたちを止めようとしてくれた会長には申し訳ないですが、千景先輩の言う通りワタシも姉さまも一度相手に見せた刃を鞘に納めるつもりはありませんでした。

「姉さまは為奈先輩のようなカウンセリングを行える自信が無いのですね?」

「為奈に出来て私に出来ないことがあるとでも?」

「姉さまの他に意義のある役員の方は」

 ワタシの突然の問いかけに千景先輩以外の役員は目を丸くしていました。

「笑舞ちゃん、どういう事?」

「姉さまをわざと怒らせました。姉さまが反論していたとしても姉さまが出来るのならば生徒会役員として試してみる価値はあると思いましたので」

「笑舞君に一本取られたようだね」

 為奈先輩がそう言うと姉さまはそっぽを向いて小さく舌打ちをしました。

「もし反論意見が無いようであれば、今の案を採用したいと思うのですが」

「異議は無いようだ」

「では、議題からは少しずれてしまいましたが生徒会としては不純異性交遊に関して線引きは行わず、交友関係に関しての新たな環境を構築するという結論で今回の役員会議を終えさせていただきます」

 こうして第一回生徒会役員会議は現状維持とほんの少しの変化という結末で幕を閉じました。



生徒会議事録

 本日は非常に見苦しいところをお見せしました。 笑舞

 笑舞がいなかったら今日の会議は終わらなかった気がするから助かった。 芹沢

 風和先輩には悪いけど美沙もそう思う。 美沙

 でも、声掛けは大事です! 柚鈴

 風和先輩に認められる役員になれるように頑張ります。 七海

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