10月

ひきつぎ

「セーフッ!」

 生徒会室へ思い切り飛び込んだ俺は息を荒げながらそう呟いた。

「アウトでしょ」

「アウトですね」

「アウトだと思うのですが」

「えぇ~!? 皆さん芹沢先輩に厳しすぎじゃないですか? まだ、集合時間までは二分ありますけど……」

 新生徒会副会長に就任した福品美沙、同じく会計に就任した早川柚鈴、同じく書記に就任した小柳橋笑舞が俺に対して厳しい意見を放つ中で、美沙と同じく新生徒会副会長に就任した初島七海だけが優しい言葉をかけてくれた。

「七海さんは許してくれるみたいだけど、明才の新しい生徒会長が五分前行動も守れないなんて先が思いやられるわね」

 集合時間の二分前になってようやく生徒会室にやって来た俺に対して反論のしようがない正論を突き付けて来たのは、元生徒会副会長で俺と生徒会長の座を争った同級生で幼馴染の春風明日香だった。

「明日香は素直じゃないね。この中の誰よりも芹沢新会長が来るのをそわそわしながら待っていたじゃないか」

「ま、待ってないです!」

 顔を真っ赤にして怒る明日香に優しく微笑む先本千景元会長はコホンと小さく咳ばらいをした。その咳ばらいを聞いた新旧生徒会役員は何も言わずとも気持ちを入れ替えた。

「では、引継ぎを始めよう。新旧生徒会はそれぞれ一列に並んでもらえるかな。美沙は新生徒会の方へ並んでくれるかい」

「はい」

 千景元会長の一声で新旧の生徒会がそれぞれ一列に並んだ。並びとしては、

新生徒会が、

芹沢海、福品美沙、早川柚鈴、初島七海、小柳橋笑舞の順に。

旧生徒会が、

先本千景、最上為奈、小柳橋風和、春風明日香の順に並んだ。

「これより、生徒会役員任命及び引継ぎを行います。名前を呼ばれた新役員は一歩前に出て旧役員から任命書を受け取ってください。まずは、生徒会長 芹沢海」

「はい」

 緊張をしながらもハッキリと返事をした俺は言われた通り一歩前に出た。

「2年3組芹沢海。君を生徒会会長に任命する。まさか、生徒会長に立候補するとは思わなかったけれど、私は君の事を応援しているよ」

「ありがとうございます。分からないことだらけですが、選ばれた以上は誠心誠意頑張ります」

 千景元会長から任命書と一言を受け取った俺に生徒会長としてのプレッシャーが重くのしかかったが、悪い気はしなかった。

「福品美沙くん」

「はい」

 俺が生徒会長としての重みを受け止めている間に美沙が呼ばれたので、俺は素早く一歩後ろへ下がった。

「2年3組福品美沙。君を生徒会副会長に任命する。今更ボクが美沙くんにアドバイスをする事なんて無いけれど、困ったことがあればいつでもボクや千景、風和に相談してくれ。君の頑張り屋な所は長所であり短所だからね」

「為奈先輩、一年間ありがとうございました。為奈先輩が公私ともにアドバイスをしてくれたおかげでこの一年間生徒会役員を全うすることが出来ました。先輩方とは残り半年のお付き合いにはなってしまいますが、先輩方が安心して卒業できる学校づくりをして行きますので見守っていてください」

 美紗は、生徒会として共に生活してきた先輩に向けてその瞳に涙を浮かべながらそんなメッセージを送った。

 そのメッセージを受け取った為奈元副会長は胸元からハンカチを取り出し、男の俺でも格好良いと感じてしまう笑顔を見せながら美沙の涙を拭った。

「早川柚鈴」

「はい」

 続いて柚鈴が呼ばれた。風和元会計と柚鈴はどちらも長身という事もあり、新生徒会役員はその姿に自然と見とれてしまっていた。

「2年4組早川柚鈴。貴女を生徒会会計に任命します。柚鈴ちゃんが演説で言っていた生徒会と運動部の助っ人の両立ははっきり言って難しいと思います。でも、柚鈴ちゃんと海ちゃん達なら不可能ではないと私は期待しています」

 風和元会計は柚鈴に任命書を渡すと、柚鈴とがっちりと固い握手を交わしました。

「次は私が美沙の代わりを務めさせていただきます。生徒会副会長 初島七海」

「は、はい」

 旧生徒会副会長を務めていた美沙の代わりに千景元会長が七海の名前を呼ぶと、新生徒会の五人の中で最も緊張していた七海はとても高い声で返事をした。

「そんなに緊張する必要は無いよ。落ち着いて。少し深呼吸してみて」

「すー、はー。すー、はー」

「それじゃあ、続けよう。1年4組初島七海。君を生徒会副会長に任命する。理想の姿になるというのはとても難しいことだけれど、君ならきっと生徒会で経験を積むうちに理想の自分になれると私は信じています。困ったときには仲間を頼ることを忘れてはいけないよ。その為に生徒会は五人いるのだから」

「はい。ナナ頑張ります!」

 あまりに可愛らしい返事を聞いた千景元会長は自身の右手を無意識に七海の頭の上まで持って行った。そこで我に返りその右手をすっと腰の後ろへ隠した。

「小柳橋笑舞さん」

「はい」

 最後に明日香が新生徒会の書記を務める笑舞を呼んだ。

「1年1組小柳橋笑舞。あなたを生徒会書記に任命させていただきます。風和先輩からとても優秀な妹さんだと聞いています。会長の海がご迷惑をおかけすると思いますが、どうか広い心で見守ってあげて下さい。笑舞さんの活躍を心から応援させていただきます」

「ありがとうございます。姉さまの顔に泥を塗らぬよう学校の為、生徒の為に努力いたします」

 互いに教科書に載っているかのようなかしこまったメッセージを送り合っていた。

「では最後に、芹沢会長から一言頂けるかな?」

「え? は、はい」

 突然の振りに驚きつつも、生徒会長として最後にビシッと決めなくてはならないと気を引き締めて俺は一歩前に出た。

「千景元会長から生徒会長という大役を引継がせていただきました芹沢海です。この明才高等学校では初めての男性生徒会役員であり、男性生徒会長という事で男子生徒としての視点から意見や提案をして行きたいと思っています。生徒会役員という職に就くのが初めてなので至らぬ点は多々あるかと思いますが、より良い学校生活のために精一杯頑張っていきますのでどうぞよろしくお願い致します」

 先ほどの明日香と笑舞の掛け合いをバカに出来ないほど教科書通りの挨拶をしてしまった俺に対して新旧生徒会役員は拍手を送ってくれた。

「それでは、これにて生徒会役員任命及び引継ぎを終了します。業務に関する引継ぎに関しては本日の放課後から各々行ってください」

 こうして、素行が良い訳でもなければ悪い訳でもない、平平凡凡な生活を送ってきたこんな俺が生徒会長になりました。



生徒会議事録

 本日より生徒会議事録を残していくことに致しました。堅苦しく書く必要はないのでその日の活動を記録として残していただければと思います。 芹沢

 かしこまりました。 美沙

 よろしくお願いします。 柚鈴

 最後のサインは、名字の方が良いでしょうか? それとも名前ですか? 初島七海

 芹沢会長に確認をいたしました。どちらでも構わないそうです。 笑舞

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