こやなぎばしえま

「ねぇ、笑舞ちゃん」

 登校前の一日で最も忙しい時間にワタシのたった一人の姉さまであり、ワタシたち姉妹の通う私立明才高等学校の生徒会会計を務める小柳橋風和は、洗い物をしているワタシの背後に現れると自身のあごをワタシの左肩へ乗せて耳元で囁いてきました。

「姉さま、洗い物の邪魔をしないで頂けると嬉しいのですが」

「邪魔をしないでほしいのなら、私の願いを聞いてもらおうかしら」

「願い? 無茶なお願いならお断りですよ」

 このような絡み方をしてくる姉さまを止める手段を持ち合わせていない私は洗い物を一時中断して姉さまのお願いというのを聞くだけでも聞くことにしました。

「笑舞ちゃんの素直な所、私大好きよ。それで、お願いなのだけれど……私の後を継いで生徒会に入りなさい」

 姉さまの命令口調を聞いただけで、長年姉さまの妹をしているワタシは姉さまがとても真面目な顔で言っているのだと察しました。

「姉さま、一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」

「何かしら?」

「何故今頃そのような事を? 生徒会選挙の出馬期間は今日の放課後までですが」

 ワタシがそう尋ねると、姉さまはワタシの左肩からあごを外し、今度はワタシの背中に自身の背中を預けてしみじみと語り始めました。

「昨日までは私の後なんて誰がやろうと構わないと思っていたのだけどね、千景と為奈がそれぞれ見つけた後継者候補が生徒会選挙に出馬するという話が耳に入ったものだから私も信頼できる人物に今後の生徒会を任せたいと思ったの」

「姉さまがそう言うのでしたら、ワタシは姉さまの言葉に従うまでです。でも、本当にワタシなんかが姉さまの後を継いでも良いのですか?」

「あら? まだ当選どころか出馬さえしていないのにもう生徒会に入った後の話をしているの? 意外と笑舞ちゃんノリがいいわね。なんて冗談はさておいて、私が笑舞ちゃんを選んだのは私が一番信頼できる人物だから。それと、ほんの半年とはいえ私を見て来た笑舞ちゃんが生徒会でどう動くのか見てみたいからよ。だから……」

 姉さまはワタシの背中から離れ、姉の小柳橋風和として、生徒会会計の小柳橋風和として、妹であり後輩の小柳橋笑舞つまりワタシへ、

「絶対に生徒会へ入りなさい。私の妹ならそれくらい出来るでしょ?」

「もちろんです。姉さま」

 振り返るとそこには真面目な顔の姉さまはいませんでした。そこにいたのは人前ではしっかり者を演じているくせに、家では妹に面倒事を全て押し付けて自堕落な生活を送っている姉さまの姿がありました。

「姉さま、ワタシからも一つだけお願いがあります」

「あら、笑舞ちゃんが私にお願いなんて珍しいわね。何かしら?」

「生徒会に入る以上は、家の仕事に割ける時間が少なくなってしまいます。なので、姉さまも家事を手伝って頂けますか? 家での姿を報道部にリークされたくなければ」

「わかったわ。今まで笑舞ちゃんに押し付けていた分くらいは働いてあげる」

 そうしてワタシは姉さまと約束けいやくを結ぶためにがっちりと握手を交わすのでした。




 生徒会選挙の出馬期間ギリギリで生徒会海書記に立候補をしたワタシを含めた十数名の立候補者たちはもう間もなく選挙管理委員会から発表される当選者の発表を今か、今かと待ち望むのでした。




***

報道部による出口調査

生徒会会長



生徒会副会長(2年)

 福品美沙 (2年3組)


生徒会副会長(1年)

 初島七海 (1年4組)


生徒会会計

 早川柚鈴 (2年4組)


生徒会書記

 小柳橋笑舞(1年1組)


 生徒会会長に関しては諸般の事情により本年度は選挙管理委員会より発表されます。

***

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