ドラゴン&タイガーwithウサギマスク
産卵の時期を迎えたギガントワタリガニの群れが街に押し寄せている。
今日の仕事はその駆除だった。もちろん一人でなんとかなるはずもなく、他にも多くの冒険者や日雇い労働者が依頼を受注していた。
街の外れ、大きく開けた場所でギガントワタリガニたちを待っていると、不意に声をかけられた。
「なぁあんた、聞いてもいいか?もしかして、あんたドラゴンか?」
声の方に顔を向けると、そこには大きな体躯に珍奇な被り物をした人物が立っていた。そう、被り物だ。声から察するに男だと思われるそいつは、頭全体をウサギの被り物で覆っているのだ。
「……なんだ、お前は?」
ぶっきらぼうに返事をする。あまり関わり合いにならない方が良さそうな雰囲気がした。しかし相手はそんな俺の心情を知ってか知らずか、
「なぁなぁどうなんだよ?ホントにドラゴン?それとも違うの?」
としつこくまとわりついてくるウサギマスク。うっとうしいことこの上ない。
「まぁでも、ドラゴンがこんな土地でギガントワタリガニの駆除なんてしてるわけないか」
ウサギマスクは勝手に得心して去っていった。俺はその捨て台詞に内心歯噛みした。
「俺だって、好きでこんなことしてるわけじゃ……」
その時、大きな笛の音が聞こえた。群れが近づいてきた合図だ。そこにいた者たちがそれぞれ得物を持って待ち構えた。
ギガントワタリガニの緑色の甲殻が見えてくる。しかし、その数を見るや否や周囲の空気が変わった。
「なんだあの数は!」
「あんなの見たことねぇ!」
「おいおい、これは無理だろ……」
俺はこの駆除依頼を受けるのは初めてだから分からないが、どうやら今年のワタリガニは例年より数が多いらしい。
戸惑いが戸惑いを呼び、混乱が生じていた。既に第一陣は群れと接触しているようだが、そこから聞こえてくるのは武器が甲殻を叩き割る音ではなく悲鳴だった。
俺はとにかく駆け出していた。ウサギマスクが言っていたように俺はドラゴンだ。ワタリガニ程度のハサミでは俺の鱗は傷付かない。であればこそ、本来なら第一陣にいるべきだったのだ。
後悔と、誰かを助けなければという思いを原動力にして走る。その先にあったのは、海から街へ続く道を埋め尽くすギガントワタリガニの群れと、それを抑えこむことができない冒険者たちの姿だった。
勢いを止めず走り抜き、目の前の甲殻に拳をたたきつける。その巨躯がぐらりと傾き、崩れ落ちた。よし、やれる。
ギガントワタリガニたちが俺の周囲を取り囲む。どうやら敵と認識されたようだ。俺は拳を握りしめて次のワタリガニにとびかかっていった。
*
どれくらい時間が経っただろうか。少しずつ、少しずつではあるが群れの数が減ってきているのを感じていた。大きく息を吐いて呼吸を整える。ただひたすらにやつらの甲殻を粉砕してきたが、街の方がどうなっているのか全く分からない。
「孤立無援か」
口からそんな言葉がこぼれた。自嘲気味に笑う。その時、視界の端から何かが向かってきた。倒したと思っていたワタリガニのハサミだった。背中を強く殴打されしゃがみ込む。
今のはまずい。一瞬呼吸が止まる。すぐには動けそうにない。周りにも誰もいない。くそ。ここまでか。目前では別のギガントワタリガニがハサミを振り上げている。それがとてもゆっくりに見えた。
次の瞬間、そのハサミは振り下ろされることなくあらぬ方向へ吹っ飛んでいった。何が起こったのか分からなかった。
「おい!さっきのドラゴン!大丈夫か!?」
そこには、あのウサギマスクがいた。大きな体躯に似合わないかわいらしいマスクがこちらを見ている。
「お前、すげぇな。一人でここまでやるなんて。おかげで街の被害は今んとこゼロだぜ」
そう言ってサムズアップするウサギマスク。そのまま俺に肩を貸そうとしたが、
「危ない!」
後頭部を狙ったハサミの一撃をウサギマスクは寸でのところでかわした。しかし、ハサミが掠り、マスクの一部が破れてしまった。そのマスクの下には……、
「やってくれたなこのカニ野郎!!」
怒りに燃える表情をしたトラの顔があった。そのトラはウサギマスクの残骸を顔にぶら下げたままワタリガニに向かっていく。
それからはトラ(元ウサギマスク)の独壇場だった。カニたちのハサミや脚を文字通りちぎっては投げちぎっては投げ、相手がカニじゃなかったらちょっと見てられない光景だったかもしれない。
やがて、動く者は俺とトラだけになった。どうやら終わったらしい。
俺は肩で息をしているそいつに声をかけた。
「ありがとう。お前には助けられた」
俺の言葉で我に返ったそいつはマスクがないことを思い出したのか、両手で顔を覆いながら、
「い、いいってことよ。ドラゴンの強さも見られたし。ところでさ、お願いがあんだけど……」
「なんだ?」
「俺のこのマスクの下の顔のこと、誰にも言わないでほしいんだ」
「何故だ?」
「この顔のこと、知ってるのはほんの一握りの知り合いだけなんだ。それ以外には知られたくない。だから、たのむよ」
どんな重大なお願いかと思ったらそんなことか。俺はそう思い、
「黙っておくのはかまわんが、それにしてもなんでウサギのマスクなんだ?」
俺の問いにトラは顔を覆ったまま胸を張って言った。
「俺、ウサギになりてぇんだ」
「は?」
それが俺とそいつとの出会いだった。
掌編・短編置き場 石野二番 @ishino2nd
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