打ち合わせの一幕
「新しいジャンルに挑戦したい」
先生は突然そう言い放った。
「どうしたんですか、急に」
私が尋ねると、先生は律儀にこちらに向き直り、
「君から見て僕の得意ジャンルはどんな小説だろうか」
と尋ね返してきた。
「そりゃあ、先生は名実ともにホラー作家だと思いますけど」
「そこだよ」
先生は人差し指をピッと伸ばす。
「自分で言うのもなんだが、僕はホラー作家としてある程度大成してると思うんだ。映像化された作品もあるし。でもね……」
先生はもったいぶるように間を置いてから呟いた。
「ホラーに飽きつつある。もちろん書くことはやめないが、他のものも書いてみたい」
「はぁ。それで今回の打ち合わせを組んだわけですか」
「その通りだよ。そろそろ新たな扉を開けるべきだと思ってね」
私はため息をつきそうになるのをなんとかごまかした。
「それで、具体的にどんなジャンルを」
「コメディさ」
先生は食い気味に言った。
「ギャグ小説を書いて、読む人を笑わせてあげたい。今まで散々怖がらせてきたからね。その逆を行きたい」
ゴソゴソとそばに置いてあった紙袋から何やら取り出す先生。
「しかし僕にはコメディのノウハウがない。だから今流行っているコメディ作品をいくつか見繕ってきた」
机の上に置かれたのは、若年層が好みそうな絵柄とタイトルの文庫本とマンガだった。
「特にこれなんて面白くてね。使い古された設定をここまで拡大解釈してしまっていいのかと唸らされたよ」
先生がそう言うのなら、と文庫本を手に取りあらすじを読む。テーマは昔からあるものだがある意味独自解釈が強い作品のようだ。だが、だがしかし。
「先生、お言葉ですがうちは割と硬派というか読者の年齢層も高めです。なのでおそらく先生の書きたいものの企画は通らないかと」
うむ、と先生は頷く。
「そんなことは百も承知だ。僕も書きたいものを書かせてくれ、本にしてくれとわがままを言うつもりはない」
先生の言葉に私は内心ほっとした。だが、
「だから別名義で書くことにしたよ!今は小説の投稿サイトもあるんだろう?試しにそこで自分のギャグセンスを試してみる!本当に面白いものが書けていれば出版社からお声がかかるだろう!」
先生の目が今まで見たこともないほどキラキラ輝いて見えた。まるで無邪気に夢を語る少年のようだ。
「ということで、これからはホラー作家とコメディ作家の二足の草鞋でやっていくよ。なーに、心配はいらない。本業の方も今まで通り書いていくから」
そう言い残すと先生は一枚の紙きれを置いて席を立った。そこには投稿サイトの名前とコメディ作家としてのペンネームが記されていた。
「大丈夫かな……」
一人残された私は不安以外感じるものがなかった。
後日、先生からメールが届いた。そこには短くこう記されていた。
『秒でばれた』
メールを見てから投稿サイトで先生の小説を読んでみた。文体や筆致がまんま先生のものだった。
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