料理人遭難す

 俺は旅の料理人。相棒とともに各地を訪れてはその土地の料理を学ばせてもらっている。

 そんな俺ではあるが、現在絶賛遭難中である。

 始まりはとある山村だった。そこで俺と相棒はある珍しい食材の話を聞いた。

「山の奥のそのまた奥に一本角の鹿がいて、その肉は相当に美味でかつ万病に効くのだという」

 その話に興味をひかれたのは俺よりもむしろ相棒の方だった。どうやらハンターとしての血が騒ぐらしい。

「そんなの、狩ってみたいに決まってるじゃん!」

 そう言うが早いか、あっという間に山に入る準備を整えて駆けていった。相棒ほど体力のない俺は山に入った途端これまたあっという間に置いていかれてしまった。

 夜の山は怖い。周囲を囲む暗闇も、時々聞こえる物音も何もかもが怖かった。

 とりあえず熾した焚火の番をしながら朝を待つ。ここは山のどの辺りなのだろうか。そう考えた時、がさりとひときわ大きな物音が背後から聞こえた。肩が大きく跳ねる。

 物音は一度だけではなく、だんだんこちらに近付いてきているようだ。俺は慌てて食材を捌くために持っていた大ぶりの包丁を荷物から取り出して構えた。物音はすぐそこまで来ている。

 次の瞬間、大きな鹿の頭がぬっと茂みから現れた。俺は悲鳴を上げ包丁をでたらめに振り回した。

「ちょ、危ない危ない!キズがつく!」

 聞こえたのはよく知っている声だった。鹿の頭が茂みの向こうに消え、相棒の姿が見えた。

「なんだ、お前か……。おどかすなよ!」

 彼女はくくくと意地悪そうに笑っている。

「いやぁ、焚火が見えたから多分君だろうと思って来てみたんだ。ついでにちょっとびっくりさせようかと」

 それより、と相棒はさっきの鹿の頭を持ち上げて見せてきた。

「言うほど山奥でもなかったよ。こいつがいたの」

 よく見ると、その鹿は角が一本しかなかった。右側にだけ角が生えていて、左側には生え際すらない。

「おぉ、じゃあこいつが」

「そ。なんで片方しか角がないのか分かんないけど、多分こいつのことでしょ。一本角」

 よっこいせ、と鹿の頭を地面に置き、相棒は僕の隣に座った。

「さて、料理人。こっからは君の腕の見せ所だよ。美味いの期待してるからね」

 そう言って彼女はにかっと笑った。

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