しきたりなんて従わない

 発つのは夜だ。うちではそう決まっている。だからあたしは、真っ昼間に出て行ってやることにした。

 一人立ちする時には夜に発つ。うちにそんなしきたりができたのがいつなのか、家族の誰も知らない。でも、お母様もおばあ様も疑うことなくそれに従い、結果として成功を収めた。ついでにステキなお婿さんもゲットして。けど、それって本当にしきたりに従ったから?

 だいたい、あの人たちが家を出たのもそういうしきたりがあったからだ。メーガスの家の娘は19歳の誕生日に一人立ちっていうしきたり。この家はそういうものであふれている。

 あたしは違う。あたしが家を出るのはしきたりだからじゃない。あたしの意志だ。あたしはしきたりなんかには頼らない。あたしだけの力で成功を勝ち取って、家族に言ってやるのだ。そんなしきたりに意味なんてないって。

 みんなあたしが今夜出発すると思っていそいそと準備している。今は揃って買い出し中だ。絶好のチャンス。あたしは食卓に手紙を置いて玄関から堂々と家を出た。

 大きなバッグを抱えて駅へ向かう道中、見知った人影を見つけた。

「よぉ。もう行くのか?」

 高校の同級生、ダニーだった。

「よぉ。今日もすらっと背が高いね」

 茶化すなよ、と返事しながらもまんざらでもない顔をしている。

「あたしがしきたり嫌いなの知ってるでしょ。夜になんて絶対出発しないんだから」

 ダニーはあたしの言葉に微妙な表情になった。賛同するべきかどうか迷っているようだ。

「俺もさ、今日発とうと思うんだ」

「へぇ、どこまで行くの?」

「お前と同じ。ロンドン」

 あたしは少し驚いた。ダニーの家は地元の名手で、彼はきっと父親の跡を継ぐのだとばかり思っていた。

「世間を知ってこいって、親父が言うんだよ。それで無理やり」

「なるほど。じゃあ一緒に行く?」

「いいのか?」

「いいよ。正直、知らない土地に一人っていうのに不安がないわけでもなかったし。荷物持ってくれる人がほしいな~って思ってたし」

 荷物持ち……、と呟いて彼は肩を落とした。でもすぐに気を取り直して、

「まぁいいか。行こうぜ」

 と言って足元の自分のバッグを背負った。そしてあたしの方に手を差し出した。あたしがその手を握ると、途端に彼は狼狽し始めた。

「違うって!荷物だよ荷物!」

 勘違いに気付いたあたしは顔が熱くなるのを感じて慌てて荷物をわたした。二つの大きなバッグを持ってダニーが前を歩きだす。後ろから見える彼の耳もまた真っ赤になっていた。

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