ジェネラル・ウィンターと春の息吹
その国には、美しい四季がありました。それは『四季の賢人』が代々管理していました。賢人のおかげで四季は今までつつがなく巡ってきました。
ところが、今年の冬はいつもと様子が違いました。何故だかとても長いのです。半年を過ぎても春の兆しは見えません。
冬は多くの生き物にとって耐え忍ぶ季節です。しかしそれも春の訪れを知っているからこそ。終わりの見えない長い冬に、少しずつ命の火が絶えつつありました。そんな国にとある来訪者が一人。
*
「四季の賢人は何処だ」
城下町の門をくぐったその大きな外套を着込んだ男は、最初に目についた町人の女性に不作法に声をかけました。
「え?賢人様?失礼だけど、あんた誰だい?」
女性は男をじろじろ見ながら聞き返しました。
「俺は旅の者だ。四季の賢人に用がある」
「なんだか怪しいねぇ。賢人様は偉い人なんだから、あたしらだってそう簡単に会えないんだよ」
女性の答えに男はむぅ、と考え込んでいます。すると、
「もし、何かお困りですか?」
一人の紳士然とした老人が話しかけてきました。
「四季の賢人に会いたい」
男は短く答えました。
「そうですか。では、こちらへどうぞ」
そう言うと老人は男を先導して歩き出しました。その様子を見ながら町人の女性はぽつりと、
「あんなお爺さん、この町にいたかしら?」
と呟きました。
*
老紳士が男を連れて町外れの方へ歩いていきます。
「この度は、依頼を受けてくださりありがとうございます。賢人様も感謝しております」
「報酬が良かったからな」
「それでも、です。今回の件、我々の手に余るものでして」
話をしている間にも二人は歩みを止めることはなく、周囲に見える民家の数も減っていきます。
「それより状況を教えてもらえるか」
「それは私からご説明しましょう」
不意に若い女性の声が前方から聞こえました。男が顔を上げると、いつの間にか深い森の中にいました。そして一人の女性が立っています。
「初めまして。私が四季の賢人と呼ばれている者です。あなたのことは何とお呼びすればいいでしょうか?」
「俺はリーパーだ。今はそう名乗っている」
「リーパー……『刈り取る者』ですか。いささか物騒な名前ですね」
言葉と裏腹に賢人は愉快そうに笑顔を浮かべました。そして老紳士に声をかけました。
「あなたもご苦労でした。さぁ、お戻り」
そう言うと老紳士の身体がみるみる縮んでいき、白ウサギの姿に変わりました。
「使い魔というやつか?」
リーパーの問いに賢人は笑みを崩さずに、
「少し違いますね。彼は冬の間だけ私に仕える契約なのです。それより、話を戻しましょう。あなたも聞き及んでいることと思いますが、この国ではもう半年もの間冬が続いています」
「らしいな。原因は分かっているのか?」
賢人は目を伏せて、
「ジャックフロストです」
と答えました。
*
「ジャックフロストは冬の間にのみ姿を現す霜の妖精です。彼らは子どもっぽく悪戯好きではありますが、こんなことは初めてで……」
「どういうことだ?」
「彼らの一人が私の住み処に忍び込み、あろうことか春を呼ぶのに必要な『春の息吹』を盗み取ってしまったようなのです」
それだけではありません、と賢人は続けます。
「春が呼べなくなり、冬が長く続いていくうちにジャックフロストたちの力も強くなってきているのです。特に『春の息吹』を盗んだ者は元々強い力をもっていたようで、今はジェネラル・ウィンターを名乗り好き放題している有様です」
「ジェネラル・ウィンターか。そいつから『春の息吹』とやらを取り返せばいいんだな?」
「お願いします。ジャックフロストたちは山のふもとに氷の館を建ててそこを拠点にしています。そこまではこの子が案内します」
賢人が言うが早いか、彼女の足元から黒ウサギが顔を出しました。そして小さい声で、
「よ、よろしくです……」
とだけ言いましたが、リーパーに近寄ろうとはしません。
「どうしました?行きなさい」
賢人に促されて黒ウサギは渋々といった様子で進み出ました。
「あ、あの、噛み付いたりしないでくださいね……」
「そんなことはしない」
リーパーの返事を聞いても黒ウサギは怯えたままでしたが、意を決したように、
「ついてきてください。こちらになります」
と進み始めました。
*
森の中を、黒ウサギに連れられてリーパーが歩いています。すると突然周囲の木々が姿を消し、雪原が広がりました。
「賢人様の領域を出ました。氷の館はもう目と鼻の先です」
黒ウサギが説明しているうちに、遠目に目的の建物が見えてきました。その時です。
「止まれー止まれー。僕たちの館に何の用だー」
「帰れー帰れー。さもなくば、氷漬けだー」
雪原から小さな影が二つ飛び出してきました。どちらも身体が氷でできた小人です。
「お前たちがジャックフロストだな」
「だったらなんだー」
「おそれおののけー」
ジャックフロストたちはぴょんぴょん飛び跳ねながら挑発しています。
「刈らせてもらう」
リーパーはそう言うと外套を翻して走り出しました。目前の霜の妖精との距離を一気に詰めます。
「からせてもらう、だってさー」
「かっこいいねー」
二体のジャックフロストはそう茶化しながらひと際大きく後方に跳び退きました。
「あたるものかー、あれ?」
「こんなものかー、あれ?」
次の瞬間、リーパーから離れた位置にいるはずの二体の身体に亀裂が入り、同時にバラバラになってしまいました。それを見た黒ウサギは驚いた様子で、
「いま、何をしたんですか?」
と尋ねました。しかし、リーパーは黙ったままです。答える気はないようでした。
*
それからも、何度かジャックフロストの襲撃を退けながらリーパーは進んでいき、やがて氷の館にたどり着きました。
「扉が閉じてますね。どうやって入りますか?」
黒ウサギが聞くと、リーパーは外套の中からずるりと何やら取り出しました。それは奇妙に長い鳥かごに見えました。リーパーの肩ほどまであり、中に人魂のような光が入っています。どう考えても外套に収まる大きさではありません。
彼はそれを構えると勢いよく氷の扉に叩きつけました。轟音とともに扉が吹き飛びます。
リーパーは砕けた氷をまたいで館の中に入りました。ぽかんと口を開けていた黒ウサギは少しの間逡巡してから彼についていきました。
「これは、からっぽ?」
館の中に入った黒ウサギは思わず呟きました。確かに、館の中には何もありません。ただ、天井に大きなシャンデリアが吊るされているだけです。
「ジェネラル・ウィンターはいったいどこに……」
不意にリーパーが黒ウサギを抱えて飛び退くと、一瞬前に彼らがいた場所にシャンデリアが大きな音を立てて落下してきました。
「あ、ありがとうございます……」
黒ウサギは自分の心臓がバクバク鳴っているのを感じながら何とかその言葉を絞り出します。しかしリーパーはシャンデリアを睨んだままです。
「将軍を名乗るわりには、やり方が小賢しいな」
彼がそう言うと、シャンデリアが動き出し、向きを変えました。
「くーっくっくっく。わーたしがー。ジェネラール・ウィンターであーる」
そう言ってシャンデリア、ジェネラル・ウィンターは飛び掛かってきました。リーパーがそれをかわし得物をフルスイングすると、ジェネラル・ウィンターの頭にあたる部分がきれいな放物線を描いて飛んでいきました。
「『春の息吹』はどこにある」
リーパーは少し声を張って尋ねました。まるで館全体に聞かせるように。
「あーれはー。わたさないーぞぉ」
先ほど頭を飛ばされたはずのジェネラル・ウィンターの声が響きました。
「春が来なーければー。ずーっと冬のままー寒いままー。寒いままならー、我々はー、ずっとずーっと強くなれーる」
ジェネラル・ウィンターが言葉を切ると、地響きが聞こえ始めました。まるで館全体が震えているようです。
「つーぶれーちゃえー」
館が崩壊を始めました。黒ウサギが慌てて右往左往しています。
「このままじゃ生き埋めですよ!逃げましょう、リーパーさん!」
しかしリーパーは表情一つ変えず、
「長檻の鍵を開ける。好きに暴れろ」
とだけ言って得物のふたを開けると、中の光が勢いよく飛び出しました。
「アァイ、ワナビィィィ……クレイジィィィィィ!!!!」
それはそう喚きながら目にもとまらぬ速さでリーパーの周囲を飛びまわりました。崩れ落ちてくる氷の塊とそれが衝突する度に火花が散っています。
「ぐーぬーぬー。こしゃーくなー」
またしてもジェネラル・ウィンターの声が響きます。そしてその声に呼応してかつて館だったいくつもの氷の塊がリーパーに向かって突っ込んできました。
「クイックシルバー!」
リーパーがその名を呼ぶと、周囲の光の速度が増していきます。
「クゥゥレイジィィィィィヤァァァァァ!!!!」
クイックシルバーと氷塊がまき散らす火花を、リーパーの足元で黒ウサギが怯え切った顔で見ていました。
*
しばらくの後、氷の館があった場所をリーパーが調べていました。クイックシルバーは既に長檻の中に戻っています。
「む?これか?」
氷の瓦礫の中から一つの氷の塊を取り上げました。その中には植物が一本入っていました。黒ウサギがそれを見て、
「それです!それが『春の息吹』!最初の雪割草です!」
と跳びはねました。
「ありがとうございます、リーパーさん!これで春を迎えられます!」
すると、リーパーはその氷の塊を黒ウサギにわたして言いました。
「これを持って賢人の元へ戻れ」
「え?リーパーさんはどうするんですか?」
「後始末がまだだ」
黒ウサギはまだ何か言いたげでしたが、結局諦めて帰っていきました。
「さて、まだ生きてるんだろ、将軍どの?」
リーパーは外套の内から取り出したタバコに火を点けながら言いました。すると周囲の氷の瓦礫が弱々しく震えました。
「喋れないのか。あの館その物がお前の身体だったようだが、まぁいい。刈りとらせてもらうぞ」
それだけ言って、リーパーは長檻で氷塊を叩き潰しました。
*
それから賢人の元へ戻ろうとしたリーパーでしたが、案内役の黒ウサギを先に戻らせたせいで道が分からないことに気付きました。
「これはしくじったな……ん?」
気が付くと、周囲の雰囲気が変わり、足元に積もっていた雪が徐々に溶け始めています。そして草花がみるみるうちに顔を出してきました。
「『春の息吹』は、無事賢人に届いたみたいだな」
リーパーは大きく伸びをすると、長檻を外套の中に仕舞いながら、
「報酬、もらい損ねたな。やっぱり人前で喋れなくなるのは俺の弱点だな」
と呟いて歩き出しました。
「治さないとだなー、この人見知り。独り言ならいくらでも出てくるんだが」
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