春告げる鹿

 私が住んでいる山村では、鹿は特別な生き物だ。彼らは山に住む神様の使いであり、私たちに様々なお告げを伝える役目を担っている。

「今日ね、鹿さん見たよ」

 夕飯時、娘がそう言った。

「そうかい。イタズラしたりしなかったろうね」

「しないよ。バチが当たったら嫌だもん」

 それにね、と娘は続けた。

「その鹿さん、とってもきれいな角だったの。いろんな色の花びらがたくさんくっついてたの」

「ほぉ。もうそんな時期なんだね」

「どういうこと?」

「その鹿は私たちに春を告げに来たんだよ。山のどこかで花が咲くと、その花びらを角にまとって、教えてくれるのさ」

 鹿がどうやって角に花びらをまとうのかは誰も知らない。村のご老人たちは山の神様が手ずから角を飾りたてているのだという。私も半ばその話を信じているし、そもそも鹿を見ても追いかけるのはご法度だから確かめる術はない。

 ともかく、鹿が春の息吹を報せてくれたのだから、厳しかった冬の終わりもすぐそこだ。私は来たる春の訪れに期待して目を細めた。

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