心構え
僕は病院の廊下で椅子に座っている。手には一枚の手紙。半年前に亡くなった父から、今日と言う日が来た時に読むように言われていたものだ。そこには、こう書かれていた。
『息子へ
このような手紙を書かなければならないことを私は非常に残念に思う。できればお前の隣で直に聞かせてやりたかったが、病気はそれを許してはくれないらしい。
お前が生まれた時、大きな喜びとともに、同じくらいの不安を感じたことを覚えている。私はこの子を幸せにできるだろうか。立派に育てることができるだろうか。そんなことばかりが頭の中を巡っていた。
お前は私に似ているから、今、同じ不安を抱いているかもしれない。それに対して、明確にこうすればいい、という答えを私は持ち合わせていない。
ただ言えるのは、上手くやろうと気負わなくてもいいということだ。人は完璧ではない。いつも正解を選べるわけではない。お前はお前なりのやり方で、試行錯誤してやっていけばいい。楽しめ。
父より』
それは口下手だった父からの精一杯のエールの言葉だった。僕がその手紙を何度も読み返していると、目の前の扉の向こうから産声が聞こえた。
しばらくして、助産師さんが出てきて僕に告げた。
「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」
分娩室の中に入れてもらう。そこには、妻と新しい生命がいた。
すやすやと眠るその子を見て、僕は涙がこみ上げるのを抑えることができなかった。かつての父も、同じように涙していたのだろうか。今の僕と同じように、感じていたのだろうか。
そんな僕を見て、優しく微笑みながら妻が言った。
「ほら、泣いてばかりいないで、何か声をかけてあげて。『お父さん』」
そうだ。僕もまた、父になったのだ。これからは妻と娘と、『家族』と生きていくのだ。そう思いながら、涙をぬぐって僕は自分の娘に言った。
「こんにちは。初めまして。これからよろしく」
それを聞いた妻が笑う。助産師さんたちも笑っていた。
「なんでそんなに他人行儀なの?ほら、しっかりして」
僕はばつが悪くなって頭を掻いた。そんな風に、僕の『父』としての人生が始まった。迷ったり、間違えることもあるだろうけど、それでも、僕なりのやり方で、そう、楽しんでいこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます