バー・マスク

「お、今日も来たんだね。いらっしゃい」

 ドアを開けて入ってきた僕を見て、店主の女性が声をかけてくれた。

「こんばんは。また一服しに来ました」

 僕はそう答えつつカウンターの空いている席に座った。かばんからタバコとライターを取り出しながら注文する。

「レッドアイお願いします」

「はい。好きだねー、これ」

「トマトって、なんだか体に良さそうじゃないですか」

「タバコに火点けながら言うセリフじゃないよね」

 そう言って店主さんと二人で笑う。

 ここは会員制のバーだ。本当は僕のような若造には入店することは叶わないようなところらしい。ここのルールは三つ。


 入店時には仮面を着用。

 お店を出る時は一人ずつ。

 仮面の下は詮索しない。


 そう、仮面だ。ここでは店主さんも含めて全員が顔の上半分を覆う仮面を着用している。この仮面は入店許可証にもなっており、なくすともうこのお店とはさよなら、と店主さんは説明してくれた。

「聞いてもいいですか?」

「ルールを守った質問なら」

「あの人がどうして僕にこのお店の仮面をくれたのか、知ってますか?」

「知らない。私はあの子じゃないから」

「ですよね……」

 その答えは半ば予想できていたので、僕はおとなしく引き下がった。

 そこに他のお客さんがお店に入ってきた。恰幅のいい男性で、顔には四角形を組み合わせた仮面を着けている。

「こんばんは!今日もおキレイですな、マスター!」

「いらっしゃい。おキレイって、仮面で顔見えないでしょ」

 店主さんの返しに豪快に笑って、

「ヤングボイスもいるじゃないか!元気かい!?」

 とこちらに声をかけてきた。彼は僕のことを『ヤングボイス』と呼ぶ。声は若いけれど、仮面をしていて本当に若いかは分からないから、とのことだ。

「はい、元気です。こっち来ますか?」

「おぅ、じゃあお呼ばれしちゃおっかな」

 そう言って彼は僕の隣の席に座った。

 それから四角仮面のお客さんと店主さんと僕でとりとめのない話をした。

 僕は会話に加わりながらも意識の半分はずっとお店のドアに向けていた。僕はある女性を待っていた。僕にこのお店の仮面をくれた人。でも、このお店でその人を見たことはまだ一度もない。

 このお店は居心地がいい。誰も僕を特別扱いしない。ここでは、僕はたくさんいるお客さんの中の一人でしかない。それが良かった。

「君はどう思う?」

「え?」

「聞いてなかったのね。ダメよ。会話してる時にうわの空は」

 気が付くと、四角仮面のお客さんは向こうの席に移動していた。

「あー、ごめんなさい」

「そんなにあの子に会いたい?」

 店主さんの言葉にドキリとした。まるで心を読まれたかのようだ。

「会ってどうしたいの?」

「別に。僕はただ、お礼が言いたいだけです」

「そう。なら、今日はいい日かもね」

「いい日ですか?それってどういう……」

 その時、お店のドアが開いた。僕がそちらに目を向けると、そこにいたのは―――。

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