引き合わせたのは誰

 俺、坂田理央と彼女、木下美墨さんとの出会い自体はごく普通のもので、共通の知り合いである佐多先輩からの紹介というものだった。

 事前にどんな風に説明されていたのか、意外にも彼女は初対面から積極的に俺に声をかけてきて、その日のうちに連絡先を交換する運びとなった。

 俺も大学進学で高校の時の彼女と別れてから独りだったので、悪い気はしなかった。そして一週間が経つ頃、美墨さんの部屋に呼ばれた。

 彼女の住むマンションはどう見ても学生用ではなく、ファミリーで住めるような広くて大きいものだった。

 面食らいながら通された部屋には、先客として佐多先輩がいた。彼女はひらひらと俺の方に手を振ってきた。

「……先輩も呼ばれてたんですか?」

 二人きりだと思っていた俺は少しがっかりしながら尋ねた。

「そうだよ。一人より二人。その方が説明しやすいと思ってね」

 その答えに首を傾げていると奥の部屋から美墨さんが人数分のグラスと缶ビールを持って現れた。

「お待たせ。理央くん、来てくれてありがとう。私嬉しいよ」

 美墨さんの言葉に自分の顔が熱くなるのを感じた。

「あ、あぁ。そうだ。すいません、手ぶらで来てしまって」

「そんなの、気にしなくていいのに」

 朗らかに笑う美墨さんの。その後ろで先輩がいそいそとビールを開けてグラスに注いでいた。

「さぁさ、揃ったことだし、飲もう飲もう!」

 先輩のその一言で、飲み会が始まった。



 三本目のビールが空いた頃、何故か俺は佐多先輩と美墨さんにバスルームに案内された。意味が分からずに挙動不審になる俺の前で、先輩が着ていた服の袖をまくり上げた。そこには無数の傷跡があった。

「先輩、それ……」

「理央、よく見ててね」

 そう言うと先輩はその傷だらけの腕にバスルームにあったカミソリで新たな傷を付けた。血があふれだす。

「先輩!」

 しかし、俺が動くより早く、美墨さんがその傷口に口を付けた。彼女の喉が動いている。嚥下しているのだ。

「美墨はね」

 佐多先輩は自分の腕を美墨さんにされるがままにして話し出した。

「この子にはね、血が必要なの。吸血鬼とかそんなんじゃない。身体はまっとうな人間。きっと血を求めてるのは精神の部分なんだと思う。私はちょっとしたきっかけでそれを知って、それからこういう関係が続いてる。でもさ、私就職決まったんだけど、それが県外でさ。もう今まで通りにできなくなっちゃうんだ。だから、代わりを探してたんだ」

 酔いがさめていく。言われたことを処理するために脳がフル回転している気がした。

「もちろん、誰でもいいわけじゃない。だからすごく慎重に事を進めた。それで理央、君を見つけた。君なら、私の代わりになれると思った。」

「それは、どうして……」

 僕の問いかけに、先輩は元々細かった目をさらに細めて言った。

「いちから説明すると長くなっちゃうけど、端的に言うと君なら、美墨のこと守ってくれると思ったんだ。適任って言えばいいのかな」

 俺と先輩が話している間に美墨さんは先輩の腕から口を離して、ぼんやりとした目でこちらを見ていた。

「美墨はとても不安定で、一人では生きていけない。寄りかかる相手が必要なんだ。君ならその相手になれると思ったんだけど、どうだろ?」

 先輩がこちらに手を伸ばす。その手にはカミソリが乗っていた。

「選んで。今まで通りの日常か、美墨か」

 細過ぎる先輩の目元から感情をうかがい知ることはできない。しかし、美墨さんの目には、明らかに期待がこもっていた。

「理央くん。理央。私、あなたの血がいい」

 異常な空気に満たされたバスルームの中で、俺は考えた。こんなの普通じゃない。俺は考えた。こんなのおかしい。でも俺は思った。美墨さんが、俺を必要としている。

 僕は先輩の手からカミソリを受け取った。そしてそれを自分の手首に押し当てた。

 バスルームには、流れる血を一滴でも無駄にしまいと傷口にむしゃぶりつく美墨さんと茫然と壁にかかった鏡の方を見ている俺の二人だけがいた。



 後から分かったことだが、うちの大学に佐多という名前の学生はいなかった。美墨さんも彼女のプライベートは全く知らなかったのだという。結局、俺たちを引き合わせたあの人は、いったい誰だったのだろう、と不思議に思うこともある。

 しかし、そんなこともうどうでもいいのだ。今の美墨さんには俺がいるのだから。俺がいれば、佐多先輩はもう用済みだ。そんな風に思いながら隣を歩く美墨さんを見る。

 俺の視線に気が付いた彼女が薄く笑い返してくれた。

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