紅茶
一人で喫茶店に入るのは、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。学生時代は友人たちがいたし、ついこの間までは彼がいた。
彼はコーヒーが飲めない人だった。私は紅茶が苦手だった。お互いの事を好きあっていたのは確かだけど、飲み物の好みだけは最後まで理解できなかった。
別れ話を切り出したのは彼だったけど、その時彼はとても辛そうな顔をしていた。
「僕は、本当は別れたくない。でも、家の方針に逆らうこともできない」
私を選ぶことのできない彼の弱さ。それが彼自身を傷付けていたし、私を傷付けてしまっているという負い目がさらに彼の心を苛んでいた。
私はそんな彼を見ていられなかった。
「家の方針なら仕方ないよ。あなたは悪くない」
そう言って彼を慰めた。私の事を選んでほしかった。そんな言葉、口が裂けても言えなかった。
そこまで記憶を反芻していたところで、注文していた紅茶が運ばれてきた。いつも彼が飲んでいたものだ。
未練だな。自覚はあった。彼はあんなに泣きそうな顔をしながら私じゃない他のものを選んだ。
私は彼への憤りや失望感、その他諸々のドロドロした感情を乗せたつもりで目の前の紅茶を一気に飲み下した。
「甘過ぎ……」
どんな気持ちで飲んでも紅茶は紅茶だった。甘過ぎて私の口には合わなかった。
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