捨望

その日、一つの望みが捨てられた。


「神様、僕は                   」


それはとてもささやかなものだった。どこにでもある、誰でもそう願うような望みだった。


しかし、男はその望みを捨てた。願うことをやめ、欲することを諦めた。


「神様、僕は                   」


男にとってその望みは生きる指針だった。そうなろうとして、そうなるために生きてきた。


けれども男は思い知ってしまったのだ。皆が求め叶えているその望みが、自分には決して手に入らないということを。


「神様、僕は                   」


何度も試行を繰り返し、何度も挑戦した。でもダメだった。導き出される結論はただ一つ。


男には無理だということ。


「神様、僕は                   」


叶えられないことが分かってしまった望みなど、もはや呪いでしかない。故に男は捨てた。捨てざるを得なかった。


望みを捨てた男がその後どう生きたのか。それは誰にも分からない。


「神様、僕は他の人たちのように幸せになりたいのです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る