第7話

 戦闘後、俺たちは疲れ果てていた。

 初めての、命のかかった戦いは身体的にも、精神的にもくるものがあった。

 しかし、ここで気を抜くわけにはいかない。まだ、戦力が隠れている可能性もある。


 まずは、レナにいつの間にか気を失っていた獣人の男性に回復魔法をかけてあげるよう指示して、ゴードンには見張りを任せた。


 その間に俺とライエルは放り投げて来た荷物を取りに行く。後でもいいだろ思うかもしれないが、あれは俺たちの全財産なんだ。師匠のツンデレプレゼントもあるし、何かあったら詰む。


荷物を取って戻るゴブリンを解体する。と言っても、ゴブリンは売れる部位がほとんど無いので、牙をへし折り、魔石を取り出す。

魔物は必ず魔石を持っており大抵が人間でいうところの心臓部分にある。最後に念のためボロボロの短剣を取る。


レナの所へ急いで戻ると、獣人の男性も丁度気がついた所のようだった。


 話しを聞いてみると、この獣人の男性は、シルヴィーさんというらしく、狼人族という種族だという。言われてみれば灰色の耳としっぽは狼っぽい。年は30歳前後だと思うが、獣人の基準が人間と一緒なのかはよく分からない。


 シルヴィーさんは商人として独立したばかりのようで、今日もテミアへと商品を運んでいる最中にゴブリンに襲われたそうだ。


「ダンナ達は命の恩人です!!こんな街道で魔物が出るなんて聞いことなかったもんで油断して馬を休めてた所を襲われちまったんです。本当にありがとうございやす!あっしのことはシルって呼んでくだせえ。仲のいいやつあ、そう呼ぶんでさあ。」


 と言うので、俺たちは彼をシルさんと呼ぶことにした。


 俺たちも冒険者になるために、テミアに向かう途中だと言うとシルさんは、快く俺たちを馬車に乗せてくれた。


 正直今日はもう1歩も歩きたく無かったので、ありがたく乗せてもらうことにする。


 俺たちは馬車の中で反省会を開くことにした。これも、師匠から教わったことの一つで、良かった点と悪かった点を伝え合うことで次に活かすことができるんだそうだ。


 反省会では


「ライエルは1人で突っ走りすぎなのよ、あれじゃ作戦も立てれないじゃない」


「それは悪かったけど、すぐに助けた方がいいと思ったんだよ!それにレナだってマナ切れ起こしかけてただろ!?」


「僕は、防御はともかく攻撃がね。レナがいなかったら防戦一方だったよ…」


「俺は、びびってまともに戦えなかったことかな、レナのマナ切れの原因にもなったし」


 というように話が進んでいき、しばらく話した後


「でもさ、結局は実力不足だよな。正直、ゴブリン程度1対1でも余裕だと思ったから突っ込んだんだよ。あんな強くてしぶといなんて思ってもなかった。自分の耳投げてくるんだぜ?」


 唐突にライエルが核心をつく。


 そう、俺たちは油断していた。ゴブリン程度なら、と。

 そもそもこの世界の魔物は異常に強い。あの可愛いフォルムの角ウサギですら、普通の大人と同等。ゴブリンならば、前世の肉食獣と同じくらいの脅威度だろう。しかし、ファンタジーの常識通り、この世界でもゴブリンは最弱の魔物の一つとしてあげられる。


 一般人は基本的に魔物を見れば、逃げの一択しか与えられない。

 特異的な才能を持った一部のものだけが、魔物と戦い退けることができる。

 スキルの1つも持っていない俺たちは確実にその一部には入っていないだろう。

 たった8、9年修行したからといって、実戦の一つも経験していなかった俺たちはとてもじゃないが、才能を持ったものには敵わない。


 じゃあ諦めるのかって?

 それはないでしょ。後悔しないって決めてるし。諦めても英雄になれるわけじゃないからね。みんなも諦めてるような顔はしていない。そのための反省会なんだから。


 反省会といえば俺はセルフ反省会も行った。


 トラウマで身体が動かなかったこととは関係ない。あれは、おそらくもう克服したしね。

 問題は「英雄譚第一章 “初めての戦闘” 開幕だ!」


 これだ。なにこれ?恥ずかしすぎる。テンション上がってこんなこと言っちゃったけど、確実に黒歴史だよね?封印しよう。あんなこともう二度と言わない。


「つきやしたぜダンナ達!ここが冒険者の始まりの街”テミア”でさあ!!」


 俺がセルフ反省会にセルフ封印を終えて頃、シルさんがそう言って馬車を停めた。


 俺はこの世界に来て初めて文明を感じた。街を囲むよう大きな外壁。

 その唯一の出入り口である、大きな門も、ツチノキ村から出たことのない俺たちには想像も出来なかった。村と街で文化レベルに差がありすぎだろ…


 衛兵らしい人たちが、門の前で身分証のチェックをしていた。

 冒険者ならば冒険者ギルドカードが、商人ならば商業ギルドカードが身分証代わりになるが、俺たちは当然どちらも持っていない。


 そのどちらにも属していない人が別の街や村に移動したい時は、その土地の村長や領主に申請をして、許可証を発行してもらう必要がある。


 俺たちの場合は師匠だ。師匠は連帯保証人みたいなもので、俺たちがテミアで犯罪を犯せば師匠も罪に問われてしまう。気をつけなくちゃね、特にお調子者のライエルに。


 街に入ると、外壁の比ではない光景が広がっていた。白を基調とした大きな建物や、ガラス張りの建物が多く並び、街中は人で溢れかえっていた。日本でだけ暮らしていては決してこの感動は得ることができない。

 俺たちは完全にお上りさん状態で固まってしまった。


「ダンナ達、今日の予定は何かありやすかい?」


「今日はなんもしたくねえし、飯食って宿屋探して寝たいぜ俺は」


「そうね私も今日は疲れたわ。2日も風呂に入ってないし、風呂にも入りたいわね」


「じゃあ、今日はこのまま休んで、明日冒険者ギルドに行くってことでいいか?ゴードンも」


 コクリとゴードンはうなずく


「そういうことでしたら、あっしに案内させてください!あっしの幼馴染みのやってる宿屋でして、飯もうまくて部屋もそれなりでさあ。それとも宿屋はもう決まってましたかい?」


「いえ、決まってないんでもしよかったからお願いします」


「まかしといてくだせえ!!」


 そういうとシルさんはテミアの街を紹介しながらスイスイと進んでいく。


 俺は数十年ぶりの人混みに何度も人とぶつかりそうになってしまい、宿屋に着く頃には、完全に人酔いしてしまった。ニンゲンコワイ…


「お礼の気持ちも込めて夕食でもご馳走させて頂こうと思ってやしたが、皆さんお疲れですよね。お礼はまた今度ゆっくりとさせてくだせえ!あっしはクロノン商会って名前で商売させてもらってやすんで、いつでも立ち寄ってくだせえ!もし、何か入り用でしたらお安くしときやすんで!」


 そういうとシルさんは宿屋の店主と一言二言話して、帰っていった。


 その宿屋の店主も狼人族のようだった。しかも女性の!

 シルさんには悪いけどやっぱりケモミミは女の子じゃないと!!


 俺は頭の中で妄想できる限りのケモミミ天国を妄想した。もちろん、あんなことやそんなこともだ。


「カイ?私早く部屋で休憩したいんだけど?」


 俺の妄想を断ち切ったのはレナの声と鋭い目。


「お、おうそうだな!シルさんの紹介で来たんですけど、3人部屋と1人部屋お願いできます?」


「なんでよ?お金がもったいないでしょ?4人部屋でいいわよ」

 レナがそう言う。


「話しは聞いたわ。シルの命の恩人なんだって?私はシルの幼馴染みのアルって言うの。4人部屋なら金貨1枚、3人部屋と1人部屋なら合わせて金貨1枚と銀貨35よ。朝食はサービスさせてもらうけどどっちにしとく?もちろんベッドは4つあるわよ」


 お前といると意識しちまって寝付けねーんだよ!!!

 と、レナに言えるはずもなく。


 俺たちは渋々4人部屋に泊まることになった。2人から冷ややかな視線が飛んできたが、気づかないフリをする。すまん俺の力じゃ無理だった…


 部屋は意外と広くて、金貨1枚は確かに破格だと思えた。シルさんには感謝しなければ。


「ふうーー、疲れたーーー!!!俺腹減って動けねえよ。飯にしようぜー」


「私もお腹は空いたけど先にお風呂にしましょ。2日も入ってないとベタベタで気持ち悪いわ」


「じゃあ風呂に入ってから飯って事にしよう。ゴードンもそれでいいか?」


「僕もそれでいい」

 コクンとゴードンはうなずく。


 その見た目でこの気の弱さはギャップがありすぎる。マッチョで一人称が僕の人見たことないぞ俺は!それが、ゴードンの良さでもあるんだけどな


「どうした?カイくん」


「いやなんでもない。さっさと風呂いこーぜ」


 俺たちはアルさんに近くの銭湯の場所を教えてもらい汗を流した。レナが出てくるのを待ってから宿屋に戻る。


 アルさんの宿屋は飯処兼宿屋みたいな形になっていって、一回はほとんど宿泊していないお客で賑わっていた。


 夕食はアルさんがご馳走来てくれた。アルさんの旦那さんが作るご飯はそれはもう一級品だった。アルさんに旦那さんがいたのはショックだったけど、そんなことは忘れさせてしまうおいしさだった。


 特にこのステーキは段違いで、高級食材のミノタウロスの肉を使っているらしい。金貨が何枚もするような代物だ。


 部屋に戻ると、汗を流し、腹を満たした俺たちは、疲れもピークに達していたのだろう。レナのことを気にする余裕なんて無く、すぐに寝てしまった。


 いよいよ明日は冒険者登録の日だ!

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