Real Wild Childたち

 ダイビングショップの奥に作られたリョウのスタジオで、おれたちは機材の準備をしていた。

 ここの『ガレージハウス』は、地下に作られた本家とは違い、防音ガラスを何枚も入れ、外の光をふんだんに取り入れる明るいスタジオだ。

「まったく……ダイビングもせずに、ここに楽器を弾きにだけ来るなんて、聞いた事がないよ」

 リョウが呆れたような顔でマイクをセットしながら言った。

「それを言うなら、おまえもなんでこんなトコに音楽スタジオを作るんだよ」

 フジがすかさず言い返すと、リョウは頭を掻きながら苦笑した。

「まあそれもそうだな……タカ、マイクセットしたから、高さは自分で合わせてくれよ?」

 そう言ってセンターマイクから離れようとするリョウの背中を、マサが押しとどめる。

「待てよリョウ。何のために、カナがあのギターケースを担いで来たと思ってるんだ?」

 マサの言葉を不思議そうな顔で聞いていたリョウが、カナに視線を移した。カナがひょいと肩をすくめる。

「あたしが弾くんじゃないよ。ケース開けてみたら?」

 カナがギターケースを指し示す。リョウは言われるままに、ケースを開いた。

 ケースの中のそれは、ナチュラルサンバーストのテレキャスター。かつてのリョウの愛機だ。

「センターマイクの前で、そいつを弾きながら歌うのは、おまえだよ」

 フジがマーシャルにシールドを差し込みながら言った。

 大学三年生のあの日々、リョウの隣でベースを持って立っていたおれが、さんざん見ていたあのギターだ。四年前、街を出る前日にリョウがフジの家に置いていったテレキャスター。

 リョウがフジを見て言う。

「このギターはおまえに……」

「おれは預かっただけさ。こいつはやっぱり、おまえによく似合う」

 リョウに最後まで言わせずに、フジがケースの中を指差した。リョウはそっと、ケースからテレキャスターを取り出す。

 カナと並んで、丸椅子に座っていたトモちゃんが言った。

「久し振りに聴きたい、あなたのギター」

 振り返るリョウに、トモちゃんが笑顔を見せて続ける。

「ノー・ブレーキの、再結成ライブを聴かせて……」

 フジがトモちゃんを見て首を振った。

「トモ、そいつは違うよ」

 不思議そうな顔のトモちゃんに、まるでガキ大将のように得意気な表情でフジが言った。

「おれたちは解散してない。強いて言うなら……ノー・ブレーキの、四年振りのライブさ」

 トモちゃんの顔に、溢れんばかりの笑顔が広がった。カナがトモちゃんと顔を見合わせ、二人で笑いながら頷き合う。その様子を見ていたリョウも笑顔を見せ、ケースからシールドを引っ張り出してツインリバーブに繋いだ。

 よし、いつもの儀式だ。おれは右手を高々とあげた。

「ハイファイブだ」

 リョウとフジ、マサが、ステージのセンターに集まって来る。

「ぶちかまそう」

 四人の手が触れ合った。

 最前列の特等席で、トモちゃんは涙ぐんでいた。が、パッチリとした目が、涙の奥で微笑んでいた。カナがとびきりの笑顔で、トモちゃんの肩を抱く。フジも、マサも、リョウも、みんな笑っていた。

 フジが景気をつけるように、コーラスマイクに向かって宣言する。

「よし、最初はもちろんあの曲だ。いつものように、ノー・ブレーキで行こうぜ!」

 フジがおれに向かってニヤリと笑い、付け加えた。

「タカ、カウントだ」

 おれはベースを構え、笑い返しながら頷いた。

 いつものように、か。

 そう、おれたちは何も変わっちゃいない。

 そよ風が優しく吹き抜けるキャンパスに、あの頃のおれたちが見える。根拠の無い自信と、言い知れぬ不安を抱えたワイルド・チャイルドたち。

 時の向こうのあいつらに、この曲を届けてやろう。

 さあ、行こうぜ。

 おれは叫んだ。

「ワン・ツー・スリー・フォー!!」



               ——おわり——

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