四人目のメンバー
フジが運転するシボレーで、おれたちは海沿いの道を走った。月の光の中、島の南側の海岸道路をゆっくりと走り続ける。フジはくわえ煙草で、左の肘をドアの上に乗せ、のんびりとステアリングを握っていた。
クールダウン。
誰も何も言わないが、きっと皆同じ心境だったに違いない。アドレナリン漬けの煮立った脳ミソのままで、今すぐにジェイディーの所に戻るのは気が進まなかった。
フジのドライブに身を任せ、おれたちは潮風に吹かれながらボンヤリと車外の景色を眺めていた。
おれはフジの肩越しに海を見ていた。遠くの岬で小さな花火が上がるのが見える。そろそろ日付が変わるのかもしれない。月明かりが降り注ぎ、海が明るく光っていた。奴らを落とした暗い海とは違う、白い砂浜が続く、潮の香りが優しい、澄んだ海だ。
幌を開いているので、みんな吹きさらしだ。ダッシュボードに置きっぱなしのリボルバーが、まるで過去の遺物のように見慣れないものに見えた。月明かりのシャワーと海風とで、バビロンの汚れが洗い流されていく。風はフロントガラスに遮られはするが、それでもおれたち四人の髪を乱しながら、前から後ろに吹き抜けていった。
誰も何も言わず、潮風を受けて、おれたちは長い間走り続けていた。
真夜中のロングドライブの後、フジはハンドルを大きくきり、路肩の退避エリアに車をストップさせる。くわえていた煙草をアスファルトの上に落とし、フジは改めて海を眺める。少し顔色が悪いようだ。
「フジ、薬は……」
おれは言った。シート越しにおれを振り返って、フジが小さく笑う。
「さっき最後のひとつを飲んだ。あまり効いてこないみたいだ……膝から下が燃えるようだ」
「もう終わった。あとは帰るだけだ。夜が明けたらドラッグストアに行こう」
四人で黙って、夜の海を見ていた。東の空が白んでいる。初日の出だ。ここの海岸は南に面しているので、日の出を見に来る奴は誰もいない。誰も通らない道路、誰もいない海岸。おれたち四人だけが、明けていく空を眺めていた。
「……前から、気になってたんだ」
突然のリョウのつぶやきに、おれたち三人は我に返った。
「何が気になってたんだ?」
マサが言葉の先を促すと、リョウは小さな声で言った。
「入学したときから、トモの事、気になってた……勇気出して声かけたよ。お互い音楽が好きだってわかって、仲良くなった……」
リョウはずっと、自分の足元を見ながら話していた。暖かい風が、シボレーの上を吹き抜け、緑濃い木々をざわめかせる。
「……ノー・ブレーキを観に行ったのも、トモの勧めだ。あんたたちと演奏したいって思った。でも、本当は違ったんだ……」
リョウは俯き、すすり泣いていた。肩を震わせ、膝の上で両手を固く握り締めている。
「……バンドがやりたかったわけじゃない……おれ、友達が欲しかったんだ……楽しそうに演奏するあんたたちと、友達になりたかった……せっかく……せっかく友達になれたのに、おれが自分で壊しちゃった……」
リョウは泣き続けた。泣きながら、感情のままに話し続けた。
「……諦めるつもりだったんだ……トモを。でも、フジと別れたって聞いて、いてもたってもいられなかった。ごめんフジ。おれ、おまえの気持ち、分かってたはずなのに……ごめん……」
海岸からかすかに響く波音と、リョウのすすり泣きが聞こえる中、フジが口を開いた。
「もういいよ、リョウ……」
フジが小さく息をつき、言葉を続けた。
「……油揚げくわえたトンビは、おれの方だったんだな。ごめんな、おれ、知らなかったんだよ。リョウ、おれの方こそ、ごめん……」
フジは右手を助手席に伸ばし、リョウの肩を優しく叩き、癖毛の髪を軽くかきむしる。
「……でもなリョウ。壊れてなんかねえぞ。おれら、友達だ。これからもずっと」
フジはリョウの方に顔を寄せ、言った。おれとマサも、リョウの肩を何度も叩く。
フジの言う通りだ。バントである以前に、おれたちは友達だ。
バンドとは別の、特別で、大事な繋がり。
なかなか定着しなかった四人目のバンドメンバー。
それは、四人目の仲間。大切な友達。
マサがみんなの顔を見回した。
「帰ろうぜ、みんなで。改めて言わせてもらう。リョウ、フジ、迎えに来たぜ。一緒に帰ろう」
フジが笑って頷いた。
「そうだな。帰ろう、みんなで」
そう言ってフジはシボレーのエンジンをかけた。しかし、エンジンは軽く咳き込み、止まる。
「あれ?」
何度キーを捻っても、エンジンは息を吹き返さない。苦しそうに乾いた音を立てるだけだ。
おれはフジの顔を覗き込んだ。
「ガスじゃねえか?」
フジが燃料計を確認し、右手で額を押さえた。
「あ! あちゃ~……」
マサが笑いながら車を降りる。
「こっからジェイディーの家までは、歩いても三十分くらいだろ。車はここに停めておいて、歩こうぜ」
フジは眉間に軽くシワを寄せ、浮かない顔だ。
「もう無理だ。おれの足もガス欠だよ」
おれは車を降りて、運転席の横に回った。
「待ってろ、かなり無茶をしたからな」
運転席のドアを開け、フジに体を寄せた。
「ほら、来い。肩を貸すぜ」
おれがフジの左腕を肩に担いで引っ張り出すと、フジは左足だけでアスファルトに降り立つ。マサが駆け寄って、フジの右肩を支えた。
朝の太陽が眩しく照らす海辺の道を、おれたちは歩き始めた。一歩一歩、確かめるように足を踏み出していく。
フジ、マサ、リョウ、そしておれ。
四人で肩を並べ、ジェイディーの家まで帰るのだ。
いや。
四人で、日本に、帰るのだ。
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