思わぬ出会い

 おれたちは三人で、海岸をゆっくりと歩いた。リゾート客や、露店を出している現地の人々に、相手構わず尋ねてまわる。

「日本人の四人組を知らないか? 女一人に男三人、年齢はおれたちくらい」

 全く手がかりはない。知らないと言われるか、日本人は大勢見かけるので分からないと言われるかだ。

 おまけに、十人に一人くらいは英語が通じない。あるいは現地語交じりの片言だ。

 日が傾き始め、西日が眩しい。海岸の一番外れに、Tシャツや帽子を売る小さな露店があった。自転車の後ろに小さなリヤカーをくくりつけ、その上に色とりどりの商品を積んでいる。

 停滞した気分を変えるように、マサがつとめて明るい声で言った。

「リョウ、おまえもおれたちとお揃いにコーディネートしろよ。おれとタカで買ってやる」

 マサはその露店で、リョウの帽子とサングラスを選んだ。適当に選んで値段を聞くと、相当ふっかけられた。

 おれは大袈裟に両腕を広げ、首を左右に振る。

「ノーウェイ! トゥー・エクスペンシブ!」

 思い切って五分の一ほどに値切ってみた。露店の男は目を丸くし、ノーと言う。おれたちより少し若いだろうか。だが観光客相手の連中は、若くてもしたたかだ。負けずと交渉する。

 相手の最初の言い値の三分の一ほどの金額で、互いに手を打った。おれはポケットから金を出す。

「あんた、なれてるね」

 露店の男が、突然日本語で言った。

「なんだ、日本語できるのかい?」

 おれがそう言うと、男は頷いた。

「ハイスクールのとき、にほんにいたね。トゥー・イヤーズ。えーと……ニュウガク……リュウガク……」

「留学か。日本語うまいよ。おれの英語よりずっと上手だ」

「ありがとう」

 おれが渡した金を受け取りながら、男は照れくさそうに笑った。東南アジア特有の、彫りの深い顔。健康的な肌の色に、歯がやけに白く目立つ。

 おれは右手を差し出しながら自己紹介をした。

「おれはタカ。こっちはマサ。それにリョウ。あんたは?」

「ジェイディー」

 ジェイディーはおれが差し出した右手を力強く握り返した。

「JD? 何の略だい?」

「ううん、ただジェイディー」

 ジェイディーは肩をすくめる。

「オーライ、ジェイディー。おれたち、人を探してる。四人組で、一人は女、三人は男、おれたちと同じくらいの年齢の日本人だ」

 おれがそういうと、ジェイディーが怪訝な顔をした。

 マサが、ジェイディーの表情の変化を読み取って尋ねる。

「どうした?」

 ジェイディーは両手を広げながら答える。

「ふつかまえ、おなじこときいたひといる。にほんじん、おとこ」

「へえ、同じ質問を?」

 おれは眉を上げた。マサが昨日言ったとおり、どうもおれの口調や仕草は吹き替え版の海外ドラマのようになってきている。

 ジェイディーが頷いて、先を続けた。

「かれ、サングラスかった。ねぎった。あんたと同じくらいスティッフ。あんたよりラフなえいご。とてもこまってた。ひとをさがしてるけど、どこをさがせばいいかわからない。からだわるい。かれ、ぼくのいえにいる」

「体が悪い? 病気なのかい?」

「あし、こう……」

 ジェイディーが右足を少し引きずるように歩いてみせた。

「ヒー・セッズ、『マイ・レッグ・イズ・ブレイキン。ゼイ・アー・ファック・マイ・レッグ、アンド、ファック・マイ・グッド・カンパニー』」

 そいつは、ひどい英語でこう言った。

「おれの脚は折れてる。奴らがおれの足をブチ折り、おれの仲間をコケにした」

 と。

 リョウが血相を変え、ジーンズのバックポケットを探った。

「ジェイディー、ちょっと、これを見てくれ」

 財布を開いて写真を取り出す。初夏のライブを終えた直後、ライトが消えた後の『ピッグエッグ』のステージで撮った写真だ。おれたち四人が並んで立ち、楽器とスティックを持って写っている。

 四人とも同じ写真を持っていた。おれのアパートのテレビ台の上にも、同じ写真が飾ってある。その写真を、リョウがジェイディーに手渡す。ジェイディーは真剣な表情で写真を見つめ、言った。

「ヤー、ディス・ガイ」

 フジを指差した。

 おれたちは言葉を無くし、砂浜にただ呆然と立ち尽くしていた。

 マサがため息と共に、吐き出すように呟いた。

「フジが来てるんだ……」

 おれもマサと同じように息をつく。

「ジェイディーに言った言葉からすると、あいつの目的も、リョウと同じみたいだな」

「このままでは終わらせないよ」

 アパートに差し入れを届けた時、フジはそう言っていた。

 あの時、フジの目の奥に灯っていた鬼火のような感情。そいつを宿したまま、フジはここに来ているのだ。

「リベンジ」

 ジェイディーがそう言いながら、リョウに写真を返して寄こす。おれたちは驚いてジェイディーの顔を見た。

「はなし、かれからきいた。トラジディ」

 ジェイディーの目に、はっきりと怒りの色が浮かぶ。

「とてもひどいはなし。ぼく、ここでスーベニアうりながら、わるいやつらさがす。かれは、バビロンさがす」

「バビロン?」

 おれは首を傾げた。ジェイディーがおれたちを見回す。

「ドゥー・ユー・ハブ・ア・マップ?」

 マサが代理店でもらった地図をジェイディーに渡す。

「バビロン・イズ……ヒア」

 ジェイディーが地図の一点を指差した。今いる街から、少し北に行った所だ。

「ドラッグ、アンド、セックス……ココならそろう。ぼく、ココをさがすようにかれにすすめた……ぼく、いま、ここにすんでる」

「フジを追っかけた方がよさそうだな。運良く奴らを探し出せても、あの足じゃ返り討ちだ」

 おれは言った。マサが大きく頷きながら同意する。

「おれもそう思う。日が暮れないうちに行こう。ゲッコー・バンガローはチェックアウトだ」

 ジェイディーがおれたちの顔をまじまじと見た。

「あなたたち、さっきのしゃしんにうつってた……」

 おれは両手を広げ、マサとリョウを指し示した。

「そう、おれたち、彼が言う、彼のカンパニーだ」

「オーライ」

 ジェイディーは言った。

「ぼく、ひぐれまでスーベニアうる。おかね、かせぐのたいせつ。そのあとであなたたちをかれのところへあんないする」

「いいのかい、ジェイディー」

 リョウの問いかけに、ジェイディーがニッコリと笑って言った。

「もちろん。あなたたち、かれのなかまなら、ぼくのなかまとおなじ」

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