異変
ライブの五日前、通しリハのために、部員たちが『ガレージハウス』に集まった。
リハを始める前に部長から、今度のライブを最後に三人の部員が退部するという発表があった。
そのうちの一人はポタ夫だった。ポタ夫は退部はするが、バンドは続けるという。
リハが始まり、おれは座っていた椅子から立ち上がってストラップに腕を通した。今回の演奏順はトップだ。
開始十分前。例によってフジだけが遅れている。
この間の練習の時、珍しく早かったと思ったらもうこれだ。いつの間にか、リハーサルにフジが遅れる事は、当たり前のようになってしまっていた。
以前は誰よりも早くスタジオ入りし、定時に現れるおれたちを急かしていた、あのフジがだ。
おれは入り口の扉を見つめた。マサは、フジが遅れるのはもう慣れたというふうに、近くにあった椅子に座り、スティックで自分のももを軽く叩いている。
おれたちがアンプに楽器を繋ぎ始めた頃、フジが入ってきた。
「悪い」
おれたちに謝りつつ、軽く目顔で挨拶するフジ。
「おおう、間に合ったな」
「まだ大丈夫だぜ、慌てなくても」
おれとマサが声をかけたが、フジはどことなく上の空だ。ギターケースを開け、手早く準備を終えると、おれを見て頷いた。おれはカウントを出す。
いつもの曲。『Real Wild Child』。リハーサルなので、ミスをしない程度に軽く流す。
イントロが終わり、リョウのボーカルが入る。どことなく、リョウの歌声に精彩がない。リハーサルだからだろうか。それとも、体調が優れないのか。
ひと通り演奏が終わると、フジがアンプを切ってシールドを抜き、リョウの後ろを通り抜け、おれの耳元に顔を寄せると小声で言った。
「悪い。帰るよ。今日は、これ以上いられない」
おれはフジの顔を覗き込んだ。
「どうしたよ、フジ……体調でも悪いのか……」
フジは何も答えずに、ギターをケースにしまい始める。
「フジ……」
リョウが何か言いかけたのを、フジは手で制して、押し殺したような声で言った。
「何も言うな、リョウ……おれは今、おまえの話を冷静に聞く自信がない」
ギターケースを肩に担ぐと、フジはリョウを指差し、続けた。
「いいか、バンドは辞めるなよ、リョウ」
それだけ言うと、フジは出入口の扉に向かった。
「おい、フジ……リョウ……どうしたんだよ……何の話をしてる……」
おれは二人に声をかける。リョウは凍りついたような表情でおれを見た。フジは弱々しい笑みを浮かべながら首を振る。
「悪い。今は話したくない。またな」
出て行くフジを、カナやしーちゃん、マキ、ポタ夫たち、周囲の何人かが息を飲んで見守っていた。
おれとマサは顔を見合わせた。マサが誰にともなく呟く。
「なんだ……どうなってる……」
フジが出て行った扉から、今度はリョウがギターケースを持って出て行こうとする。
「おい、リョウ……」
マサが呼び止める。
「悪い……そのうち話すよ……」
そう言い残して、リョウもまた、扉の向こうに消えた。
異様な雰囲気の中で、おれたちのリハーサルが終わった。
通しリハーサルの後の全体ミーティングで、ノー・ブレーキの出演順は五番目に決まった。
当初は一組目という予定だったのだが、今日の事の顛末を見た部長が、おれたちを最後から二番目に回したのだ。
おれたちにアクシデントがあった場合、順番が後のほうが対応しやすいからだ。
部長がおれとマサに言った。
「今さら代役は用意できないからな。バンド内に揉め事があるなら、本番までに解決しておいてくれ……」
「大丈夫です。やれます」
マサがきっぱりと言った。部長は頷くと、おれたちの話はそれきりだった。
おれはマサだけに聞こえるように、奴の耳元に顔を寄せて言った。
「やれます、だって? えらく自信たっぷりに言い切ったな」
マサが正面を向いたまま軽く肩をすくめる。
「本当のトコはどうかわからん。が、フジは根っからのギタリストだ。弾くよ。それに……」
「それに?」
「今日のリハだって、誰より弾けてたぜ、フジのギター」
マサのいう通りだった。おれやマサがフジの異変に気付いたのはリハが終わってからだ。演奏中は、いつものフジ。どちらかというと、今日はリョウのほうがおかしかった。
前にカナが言っていた、バンドの化学反応。フジとリョウの間にはそれがある。ところが今、その肝心な二人の様子がおかしい。
一体、二人に何があったというのだろう。
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