惹かれる心

 打ち上げでは、ポタ夫がかなり酔っぱらっていた。

「ポタ夫飲み過ぎだよ」

 カナとしーちゃんがポタ夫をはやしたてると、ポタ夫がグラスを掲げて何事か言っている。

「ムスタング・ドライブ、カナさん、最高です」と言っているようだが、呂律が回っておらず、カナとしーちゃんはケラケラ笑っていた。

 おれはカナの斜向いに座り、梅酒をちびちびと飲んでいた。梅酒と一緒に、ライブの余韻をじっくりと味わう。おれの隣はマサ。焼き鳥を食べながら、言葉少なにウーロンハイを飲んでいる。フジとリョウは飲みながら額を突き合わせ、ギター談議で盛り上がっている。フジの隣には、トモちゃんの姿もあった。

 初夏のライブは大成功だった。

 観客の感想も、概ね好意的だった。特にリョウだ。

 ライブが終わった後、パキさんいわく。

「今回良かったのは、何よりリョウのギターだ。ノー・ブレーキの音にバッチリ合ってる。こういう出会いは大事にしな。赤い糸だぜ」

 そして今回のライブで、かなりの数のファンがついた。ほとんどが女の子。もちろんリョウのファンだ。今までおれたちの演奏を聴きに来ていた連中のほとんどが、ロック好きのむさ苦しい男たちばかりだったのだが、リョウを目当ての女の子が来てくれたおかげで、リスナーの男女比に劇的に変動があった。

 リスナーの男女比といえば、カナたち『ムスタング・ドライブ』も、男性ファンが多い。おそらくは、多くがカナを見に来るのだろうと思う。

 気にならない、と言えば嘘になる。

 おれはたぶん、カナのことが好きなのだから。

 カナの一挙手一投足が気になり、姿を目で追い、声が聴こえれば耳をそばだてる。

 カナは良いヤツだし、大事な仲間だし、親しい友達だ。

 だが、おれにとって、カナはそれだけの存在じゃない。

 ここ最近の、カナに対するおれの想いを振り返ってみると、そんな結論にならざるを得なかった。

 ふと気がつくと、さっきまで斜向いに座っていたカナがいない。思わず店内に視線を走らせ、カナの姿を探す。トイレにでも行ったのだろうか。

「タカヤくん」

 不意に名前で呼ばれる。振り返る間もなく、カナが背後からおれの両肩に手を置いていた。

「どしたのかねタカヤくん、キョロキョロして。綺麗な女の人でもいたのかね?」

 振り返ると、カナの顔がすぐ近くにある。赤く染めた頬とふざけた口調。珍しく酔っぱらっている。

「そんなんじゃないよ。名前で呼ぶなっちゅーの」

 おれたちの会話を聞いてマサが振り返り、カナの顔を覗き込む。明らかに面白がっている表情だ。

「どうした、カナ。タカをからかいに来たのか?」

「うん。お手洗いに行ったから、タカの服で手を拭こうと思って」

 マサがニヤニヤと笑い、おれとカナを見比べる。

 おれは苦笑しながら言った。

「肩から手をどけろって」

「やだ」

 にひひと笑って、カナは続ける。

「マサ、マキの隣で語らいなさい。ドラマー同士で。あたしはタカで遊ぶから」

「おおせの通りに。タカ、おまえは爪研ぎ柱だな」

 そう言いながらマサはグラスを持って立ち上がる。マサのヤツうまい事を言いやがる……って、感心してる場合か。

 ポタ夫がカナに何事か言っている。

「もーう、ポタ夫。大丈夫?」

 呆れたようにそう言いながら、マサと入れ替わりにおれの隣に座るカナ。

「おいカナ。今、タカ『で』遊ぶって言ったか?」

 おれは酔った振りをしてカナに少し顔を近付け、わざとらしく怖い顔を作った。カナは少しも退かずに、おれの顔を見てニヤリと笑う。

「言った。マサの言うとおり、タカは爪研ぎ柱」

「酔っぱらいめ」

 おれは笑いながらカナのレモンサワーのグラスをとって、渡してやる。酒のせいにしてカナに顔を近付けた自分に、少し嫌悪感。

「タカは何飲んでるの? 梅酒? おっさんみたい」

 おれの心情など気付かずに、カナが肩を寄せてくる。おれは思わず身を固くするが、心の動揺は露ほども出さない。

「おれは酒弱いんだよ。それに、うまいんだぜ? 梅酒」

「どれどれ」

 とめる間もなく、おれのグラスをとって一口飲む。

「ほんとだ。おいし」

「おまえまたおれの飲み物を……」

 やめろって、カナ。

 おれは、叶わぬ恋はしたくない。

 そんな事をされたら、おれはますます好きになっていく。

 無邪気に爪を研ぐ、人懐っこい子ネコ。10時10分のアーモンドのような目で、時にはおれを睨みつけ、時にはおれにやさしく微笑む。

「ね、タカ。合宿の準備してる?」

「これからするよ」

 本心など気付かせないように、おれはなるべくシンプルに受け答えする。

 いくらネコが好きでも、爪研ぎ柱は自分からネコに近付かない。

「楽しみだね。ねえ、なに食べよっか」

「それメインかよ」

 カナはにっこりと笑って頷く。

「半分はね。大丈夫、練習もするよ」

 レモンサワーのグラスを、くぴっと傾けるカナ。

「練習ねえ……」

「そう」

 肘で軽くおれをつつくカナ。

 そうだった。

 おれ、カナたちを合宿に誘ったんだっけ。

 今思うと、大胆な事をしたものだ。

 合宿の間、カナはおれで爪を研ぐ気だ。おれの気持ちも知らないで。

 カナと一緒に湖畔のスタジオで、泊りがけで合宿するのだ。

 嬉しさが半分、警戒が半分の、複雑な心境だった。

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