ロックな夏オンナ
梅雨が明けるのとほぼ同時に前期試験も終わり、夏の定期ライブまであと数日。
おれたちはいつものように『ガレージハウス』の狭い練習スタジオに籠もっていた。
試験前の何日間かは、四人での音合わせは一旦休み、試験終了の当日から、一日二時間から四時間『ハウス』に入る。練習スタジオ以外の場所でも、小さな携帯用アンプを使って控えめに音を合わせた。
最近では、フジもライブモードだ。練習が終わったらすぐにトモちゃんに会いに帰ってしまうというような事もなく、夜遅くまでおれたちと一緒に、練習や打ち合わせをするようになっていた。
ライブが終われば、待ちに待った夏休みだ。幸いおれとマサは内定をもらって就活も終えていた。そして休み明けには、またライブがある。フジの提案で、夏休みの間にリゾートも兼ねた合宿をしようという話になっていた。
おれはスタジオ練習の途中で飲み物を買いにフロアに出た。愛用のビーチサンダルをペタペタいわせながら自販機コーナーに歩いて行き、古くて大きなエアコンの送風口の前でアロハシャツの胸元をばたつかせる。
おれたちがいるスタジオの向かいのスタジオの扉が開き、誰かが出てきた。
「あれ? タカ」
カナだ。手にはレモンティーのペットボトルを持っている。
「よう、お疲れさん」
「何、試験終わってすぐ入ってんの?」
おれと同じように、少し涼みにフロアまで出て来たらしい。
「ああ。そういうおまえらもか?」
「もっちろん」
カナは自販機コーナーに置いてあるソファに腰を下ろし、小さな手で顔をパタパタと扇ぎながらレモンティーをひと口飲んだ。グレーのタンクトップの上に、襟ぐりと袖を切った白いTシャツを着ている。Tシャツの柄はストゥージズ。夏らしく、デニムのショートパンツに、足元はサンダルだ。カナを始め、ムスタングの連中はおれたちより少し早く就活を終え、すっかり開放的になっている。
おれはエアコンの前を離れ、自販機にコインを入れてミネラルウォーターのボタンを押す。ペットボトルが落ちる重たい音が、何だか白々しく聞こえる。大音量のスタジオから、静かなフロアに出て来たせいだろうか。
おれはソファに座るカナをしげしげと眺めながら言った。
「完全に夏の格好だなあ……どうだ? 仕上がり具合は」
「もう夏だもん。あたしたちはバッチリ。あんたは?」
「まあボチボチってトコだな」
自販機の取り出し口からボトルを取り出し、キャップを開けてひと口飲んだ。乾いた喉に、冷えた水が流れ込んでいくのが心地よい。このままボトルを逆さまにして、冷たい水を頭のてっぺんからぶちまけたい衝動に駆られた。
ネコのようにひとつ伸びをして、カナが言った。
「ライブが終わったら海でも行こっかー」
カナはサンダルを履いた素足をソファの前に投げ出し、蛍光灯の光にレモンティーのボトルをかざしている。おれはカナの隣に腰を下ろした。
「海とはいかねえけど……フジがな、河口湖のスタジオで合宿しようって言ってんだ。八月のケツか九月の頭くらい。おまえらも来るか?」
「ほんと!? 行く!」
ほとんどソファに寝そべらんばかりだったカナが勢いよく跳び起きる。カナが持つペットボトルの中の、半分程残ったレモンティーがチャプンと鳴った。
「フジは彼女連れて行くけど、それでもいいか?」
「もちろん! 行く!」
あまりに乗り気なカナの様子を見て、おれは思わず笑ってしまった。
「車で一時間ちょいだぞ。外国行くわけじゃねえんだ。何だよその張り切りようは」
水を飲もうとしたおれの肩を、カナが平手でひっぱたきながら立ち上がった。
「あばっ! おまえ、こぼれるだろ!」
「そりゃ張り切るよ、夏じゃん。だって」
「まあ、そうだな。おまえのその格好見りゃ夏を実感するよ」
「あんたもね」
カナがおれのビーチサンダルを指差しながら自分のスタジオに戻って行く。扉を開けようと伸ばした手を止め、そっぽを向いたままカナは言った。
「夏っぽいの、似合わない?」
「何が」
「格好。あたしの」
「いや、すごく似合ってるよ」
「ばか」
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