合コンの戦果は
午後のキャンパスは明るい日差しに包まれていた。時折、気の早い風が夏の匂いを含んで、青々とした木々の間を吹き抜けていく。
おれとマサは部室の外に折りたたみのパイプ椅子を持ち出し、日向ぼっこと洒落込んでいた。
マサは愛用のイーゼルと、傍らには背の高い小さなテーブルを用意して、その上にパレットと絵の具を置いている。右手をポテトチップの袋に突っ込んでは口に運び、食べながら遠くの木立を見つめ、筆を持ってカンバスの上に走らせる。
イーゼルの上に立てたカンバスには、なぜかモナ・リザ。マサがわざわざプリントショップで印刷してもらったものを、両面テープでカンバスに貼付けてある。
通りかかる連中は、マサが風景画を描いていると思い込み、カンバスを覗いていく。が、そこには誰もが知っている永遠の微笑み。マサは、そうやって覗いた連中の反応を楽しんでいるのだ。
それぞれパイプ椅子の脇に烏龍茶のペットボトルを置き、マサはポテトチップ、おれは柿ピーの袋を持っていた。
「あれから会った? フジに」
真面目な顔で、カンバスの上に筆を動かしながらマサが言う。もちろん、筆には絵の具なんか付いていやしない。
「いや。スタジオ入ったの……おとといだっけ。マサは会った?」
「会ってない」
マサはポテトチップを一枚口に入れ、いい音でパリッと鳴らした。
「少し前も合コン行くって、はりきってなかったか?」
「年明けくらいだったかな確か……どうなったんだっけ……」
話しながらも、マサは筆を動かす手をとめない。
「一応成功。でも二週間くらいで別れたんだったな。大喧嘩やらかしてさ」
「そうだった……あのコ『ガレージハウス』の入り口まで来てフジが出て来るの待ってたんだった……『手ぐすねひいて』って本当に見たの、おれ初めてだったよ」
マサが思い出して、大袈裟に身震いした。
「おとといか……全く音沙汰ないってのも気になるな……マサ、ポテチうまそうだな。ちょっとよこせよ」
互いのお菓子の袋を取り替える。
「まあ、『便りが無いのは良い便り』って事なんじゃねえか?」
マサが無責任に言った。
「だといいけどな。コンソメ味か……うまいな……。次の練習日、フジのやつ分かってるよな?」
「ああ、帰り際に言ったはずだぜ……後で一応メールしとくか」
マサは柿ピーの袋を日差しに透かせるようにして覗き込んでいる。
「何してんだ?」
「見当たらない。柿の種が」
「おまえ、ピーナッツばっか残すなよ。均等に食え均等に」
おれたちはまた袋を取り替えた。
「あれ? リョウだ」
マサが手に持った筆の先で、正面を指し示した。
マサが写生しているふりをしている木立のほうから、右肩にギターケースを担いだリョウがこちらに向かって歩いてくる。おれたちに気付くと、軽く右手を上げた。
「おう、何してんだよお二人さん、こんなトコで」
「見ての通り、日向ぼっこをしながら芸術活動に勤しんでる。マサは絵画、おれは自作の詩を朗読してたところだ。なあマサ」
「おう、印象派ドラマーとでも呼んでくれい」
「へえ、どれどれ」
リョウがカンバスのこちら側に回りこんでくる。
「どぇ!?」
奇声と共に、リョウの首がカクンと前にずれ、おれとマサは爆笑した。
「いやあ、やりましたなあ。大成功」
おれとマサは烏龍茶で乾杯する。
「なにが印象派だよ」
リョウが苦笑しながらモナ・リザに顔を近付け、驚きの顔をマサに向けた。
「紙に印刷してあるのか、これ……。まったく何やってんだか……」
「授業か、リョウ……」
おれはリョウに柿ピーの袋を差し出した。リョウは頷きながら袋を受け取って覗き込み、ピーナッツばかりを選んで食べている。
「これどこで売ってんの? ピーナッツすっげえ多いじゃん」
「柿の種はほとんど食っちまったんだよ。好きなのか? ピーナッツ。柿の種よりも?」
マサが興味深そうにリョウの顔を覗き込んだ。
「おれがこれ食う時は、いつも柿の種が余る……」
「おまえがバンドに加入してくれてよかったよ。柿ピーが均等に減っていく」
マサが言った。リョウは笑いながら袋に手を入れる。
「柿ピーや芸術活動もいいけどさ……今日の音楽活動はどうすんの?」
ピーナッツをいくつかまとめて口に放り込み、派手にボリボリと音を立てながらリョウが言った。
「もうちょいしたら切り上げようと思ってたトコなんだ。ポテチを食い終わったらな……」
言いながらマサはリョウにポテトチップの袋を手渡した。リョウは受け取りながら、代わりに柿ピーの袋をおれに返してよこす。
「リョウ、部室に来るのに、鍵はどうするつもりだったんだ?」
柿ピーの袋を受け取りながら、おれは言った。
「この時間なら誰かいるだろうと思って……それに、さっきフジとバッタリ会ってさ……ちょうどよかったから鍵もらって来た……」
「フジに?」
おれとマサが同時に声を上げた。
「ああ」
リョウはポテトチップの袋に手を突っ込みながら言葉を続ける。
「合コンは成功したみたいだな。女の子と一緒だった」
ポテトチップを一枚、口に放り込んで、パリッと乾いた音を響かせた。
「へえ……どんなコだった?」
フジの新しいガールフレンドに、マサは興味津々だ。リョウはさして興味もなさそうに肩をすくめる。
「おれも知ってるコだったよ。前に言ったろ、友達にノー・ブレーキのファンがいるって。そのコさ……やっぱポテチはコンソメに限るなあ。バニラアイスと一緒に食うとまたうまいんだよね……」
リョウがまた一枚、パリッと音をたてる。
「バニラアイスと……?」
マサがリョウの味覚を疑うように、眉間に皺を寄せた。
「今度はうまくいくかな……」
おれの呟きに、リョウが微笑しながら答える。
「どうかな。でも、すごくいいコだよ。美人だし、去年の学祭のミスコンで、いいトコまでいったんだぜ。モデルっぽい感じで、割と目を引くコさ……」
おれとマサは顔を見合わせた。
さっきまで頬を撫でていた穏やかな風が、一瞬強く吹きつけた。カンバスが倒れないように咄嗟に押さえたマサが、小さな声でつぶやいた。
「嵐の予感がするぜ」
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