ノー・ブレーキのギタリスト
その週の水曜日、午後七時過ぎ。
『ガレージハウス』で、おれとマサ、リョウは演奏の準備をしていた。それぞれが気ままに音を出し、ゆっくりとウォームアップしていく。
『ガレージハウス』の練習スタジオは、地下にある。地下のスタジオは一年中カビくさい。だが、この匂いを嗅ぐと気持ちが昂ぶる。
準備を終えた頃、スタジオの分厚い外扉がゆっくりと開くのが見えた。おれたちは一斉に音を出すのをやめる。音楽スタジオのマナーだ。
内扉が開き、ギターケースを担いだフジが息を切らしながら入ってきた。
「悪い……遅刻だ……」
授業や待ち合わせには平気で三十分程も遅れてくるフジだが、バンドが絡んだ場合、時間はいつも守る。たった五分程とはいえ、フジがスタジオに遅れてやってくるのは珍しい事だった。
「どうしたよ。遅かったな」
マサが右手でスティックを回しながらフジに声をかけた。
フジは大急ぎでギターケースを開け、ギターを取り出してアンプにつなぐ。破格の安値で買った、いつものギブソン・レスポール。フジの愛車と同じように、こいつも中古だ。ワインレッドのボディがスタジオの照明を受けて、血溜まりのような深い赤に輝く。
乱れた息を整えながらフジは言った。
「遅れた分際で申し訳ないんだがな、終了五分前には出たい。間に合わないんだ」
「珍しいな。用事でもあるのか」
心配そうに訊ねるマサに、フジは軽くチューニングしながら、目の前のコーラスマイクを使って言った。
「合コン」
「は?」
フジ以外の三人が、揃って驚きの奇声をあげる。
「合コン」
フジはもう一度言い、得意げに笑った。
「女の子が四、五人来るらしいんだけど、その中にノー・ブレーキのファンがいるんだってよ」
「ノー・ブレーキのファン? 誰の?」
リョウが言った。
「よくぞ聞いてくれた。ギタリストだってさ」
フジは笑顔を大きくした。黙って聞いていたマサが、呆れたように笑う。
「おいおい、タカの事かも知れないぜ? おれたちはこないだまで、タカとおまえのツイン・ギターだ」
フジが首を振りながら、右手の人差し指を立てて横に振る。
「そこが甘いってんだよマサ。タカの事だったら、普通ボーカリストって言うはずだぜ?」
おれは笑った。なるほどね。確かにそうだ。
フジは手をひとつ叩き合わせて、コーラスマイクに宣言する。
「そういうわけで、今日はギターなんか弾いてる場合じゃねえ。みっちり練習してさっさと終わらせようぜ」
張り切るフジをからかうように、リョウがテレキャスターでAmのコードを鳴らした。
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