新たな出会い
ガレージハウス・第9スタジオ。
だいたいワンルームマンションほどのスペースに、ドラムセット、ギターアンプが二台、ベースアンプ一台、簡素なコンソールやPAスピーカーなどの機材が、所狭しと詰め込まれている。
四、五人が入れば身動きもとれなくなりそうなその部屋に、そいつはやってきた。
やつは、西泉と名乗った。
春だというのにライダースジャケットを着込んだ、長身で細身の男。ボロボロのジーンズと、右肩にはソフトケース。
挨拶を交わし、四人でスタジオに備え付けの小さな椅子に腰掛けて軽く話をした。
学年はおれたちの一つ下。しかし一年浪人をしているらしいので、年齢的には同い年だ。
ギターケースよりラケットケースのほうが似合いそうな、爽やかな二枚目。清潔感のある、長めに伸ばした強い癖のある髪。
いかにもロックンローラーという服装と髪型にもかかわらず、全身から清廉さや繊細さが漂い出てくるような男だった。
「おれたち、オリジナルも少しやるけど、ほとんどがコピーなんだ」
フジがリョウに、バンドの説明をしていた。
「うん。あんたたちの演奏は聴いた事がある。友達に勧められてライブを観た。それで、一緒にやってみたくなったんだ」
リョウが答えた。少し枯れた声。ブルースが似合いそうな、いい声だ。
「いつのライブ?」
「去年。あんたたちの出番のすぐ前は、女の子のバンドだった。かわいい女の子が、ギター弾きながら歌ってた」
「かわいい女の子……誰のバンドだ?」
フジとマサが揃って首をかしげる。
「カナだろ」
おれは言った。ついでにリョウに説明する。
「赤のテレキャス。小柄。ネコみたいなでっかい目」
おれは自分の右目の前に、親指と人差し指で輪を作る。リョウはそうだ、と頷いた。
「なるほどね」
マサはおれを見てニヤリと笑った。
「クリスマスライブだな……」
フジは言った。
「……あれからすぐだったな。ベーシストが大学辞めて実家に帰っちまってさ……四人目がなかなか定着しなくてね」
「ベース、覚えるからさ、やらせてくれよ」
リョウがそう言いながら身を乗り出した。
「ベーシストが抜けたって、よく知ってたな」
マサが感心したように言った。二本のスティックで、自分のももを交互に軽く叩いている。
「あんたたちのライブを観るように勧めてくれた友達が、『ノー・ブレーキ』のファンなんだ。そのコから聞いた」
「『そのコ』? 女か」
マサの呟きに、リョウが小さく頷いた。
「へえ……おれたちにも、女のファンがいるのか……ポタ夫に聞かせてやりてえな」
頷いたリョウを見て、フジがしみじみと言った。ポタ夫というのは同じ同好会の後輩で、奴のバンドのファンは半分以上が女の子だった。
「おれたちを観に来る連中は、ほとんどが男だからさ……」
おれはリョウに解説する。
「選曲が古いからな、おれたち。最近は、ミクスチャーとか何とかがウケるんだろう?」
マサがため息交じりに苦笑すると、リョウもつられるように苦笑しながら両手を広げた。
「さあ……おれも古いのが好きでさ、新しいのはよく知らないんだ……」
どうやら好きな音楽の趣味は合いそうだ。
おれたちが好んで聴き、演奏するのは、ほとんどがオールドスクールのロックンロール。古き善きスリーコードの曲ばかりだ。
フジがギターを弾く仕草をしながら言う。
「眉間に縦皺寄せながらつまらない練習して、最近の難しい曲を演奏をするってえのは性に合わねえんだよ、おれには……」
フジは右手で髪をかきむしりながら続けた。
「おれは楽器オタクじゃねえ。ロックオタクだ。そりゃ腕がいいに越した事はないけど、それが全てじゃない。おれはただ指を早く動かしたくてギター弾いてるわけじゃない。おれはロックしたいだけなんだ」
「また始まったぜ」
マサが苦笑しながらリョウを見た。
「こいつの……フジの口癖なんだよ。リョウ、聞いての通りだ。おれたちこんないい加減な調子だから、真面目に技術を習得しようと練習する連中は、すぐに嫌気がさす」
「おれだって真面目にロックしてるぜ?」
フジが口を挟んだ。
あれはその年の始め頃だった。
それまでベースを弾いていた男が家庭の事情で大学を辞めて故郷に帰ってしまい、おれたちにはベーシストがいなくなってしまった。
それまでも、おれたちの『技術より雰囲気を大事にする』姿勢についていけないと、何人かが加入しては抜け、加入しては抜けを繰り返していた。その度におれたちは居酒屋で愚痴を言い合い、フジはいつもの口癖でくだを巻いた。
終電に乗りそびれ、ひと気の無くなった大通りを三人であてどなく歩いて、すっかり酔いも醒めた頃に終夜営業のファミリーレストランに辿り着く。
コーヒー一杯で始発まで粘りながら、最後にはフジはこう言うのだ。
「おれらが欲しいのはアーティストじゃない、ロックンローラーが欲しいんだ。辞めたいヤツは辞めればいいさ」と。
リョウが口を開いた。
「おれはギターを覚える時、好きなバンドの真似をして覚えたんだ。コードの押さえ方を一つ一つ、とか、教本を隅々まで見て、なんてのは退屈だ。あんたらだって、おれみたいなやり方で弾けるようになったんだろ?」
おれたちは頷いた。
数年前の記憶を、おれはそっと手繰り寄せる。
高三の冬、貯めていたバイト代を全ておろして、フェンダーの黒いテレキャスターを買った。
難しい事は何も考えず、好きなバンドのギタリストのプレイを真似てみる。
時には一日中、一晩中。
そうするうちに、いつの間にか弾けるようになっていた。
フジのギターも、おそらく誰かに教わったり、つまらない練習を延々と繰り返して身に着けたものではない。マサのドラムもそうだろう。
「今まで、バンドで音を合わせた事あるのか、リョウ……」
フジの質問に、リョウは首を横に振った。
「今日みたいな機会は、前にも何度か。それ以外には無いよ」
「そうか。しっくり決まれば、やめられないぜ」
フジはニヤリと笑った。
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