見慣れているもの

 改めて運ばれてきた食事を確認してみる。見慣れたそれとは少し違うサラダのようなもの。ステーキのような大きな塊。何かが浮いている赤いスープ。多種多様な形をしたパンのようなもの。どれも見慣れたものに近いけど、その細部は少しずつ異なる。

「あれ…?これは。」

 盛られた料理とは違い、並べられたカトラリーと思われるものは私の知識にあるものそのままだ。ナイフ、フォーク、スプーン。どれも豪華な装飾が成されているいるが、その役割はしっかり果たせそうなものだ。

「リーナ様、どうかされましたか?」

 私があまりにもまじまじと食事と食器を見るものだからメイド服の人に心配をかけてしまったようだ。

「いえ、大丈夫です。使い方を確認してたのですよオホホ。」

 わざとらしく見た目相応な笑い方をしてみたけれどこの世界では珍妙な笑い方だったらしい。メイド服の人は血相を変えて医者を呼びに行ってしまった。やれやれ、またあの作曲家みたいな医者が来るのか…。

 味が合わず噴きだす心配があるので人目が無い隙にひとつひとつ口にする。想定した味とは少し違うものの、私の舌はその味に覚えがあるようですんなりと食事が済んだ。一息ついていると、先程のメイド服の人と作曲家もどきの医者が部屋に押し掛けてきた。

「リーナ様!やはりまだ頭が痛むのですか!?」

「いえいえ、ちょっと気が動転していただけです。ご心配無く。」

「そんな訳にはいきません!私めはリーナ様専属医師、リーナ様の身に何かあっては旦那様に合わせる顔がありません!最悪死刑になってしまいます!」

 顔を真っ青にした自称専属医師とメイド服の人物はもげそうなぐらいに顔を縦にぶんぶん振っている。どうにかこの二人を落ち着けさせる手段は無いだろうか。

 ふと視線をずらすとスプーンが目に入った。スプーンといえば私の特技の一つがあったではないか。

「こほん。では、私が元気な証拠として、一つここで芸をお見せしましょう。」

 二人はきょとんとしている。あまりに唐突だったからか理解が追い付いていないらしい。だがこれは好都合だ。

「ここにスプ…食事用小道具がございます。こちらを曲げて見せましょう。」

「いえリーナ様、そちらのスプーンは金属製でございます。」

 ここの世界でもスプーンはスプーンだったらしい。変な気を使って損をした。まぁいい、それでもやることは変わらない。

「こちらのスプーンをもう片方の手で隠し…ほら!ご覧の通り!」

 私の手元にはくの字に曲がったスプーンがある。この世界でもこのトリックは通用するようだ。

「リ、リーナ様が魔人になってしまわれた…!」

 あろうことか、その場にいた二人は卒倒した。医者の為に医者を呼ぶことになるなんて思っていなかった。どうやらこの世界では手品というものは浸透していないようだ。もしかするとこれは私がこの世界でうまくやっていくヒントになるのではないだろうか?今のところよく見る異世界転生にあるようなチート設定はこの「なんかすごそうな貴族」という身分以外確認できていない。決めた、転生前の私が達成できなかった夢をこの世界で叶えよう。

 一人で決意を決めているとノックがされた。どうやら別の使用人が来たようだ。この状況、どう説明してくれようか。

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奇術師貴族 南高梅 @love_scarlet_2323

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