現状把握

 医者と呼ばれた中年ぐらいの男もまたおとぎ話に出てくるようなくるくる頭にかしこまった格好をしている。あれ…こんな髪型の音楽家、何人かいなかったっけ。

「大きなお怪我はございません。ただ、頭を強く打ってしまった影響で少し混乱されているようです。寝室にお戻りになって休まれた方がよいでしょう。」

 その言葉が終わると同時にあれよあれよと担がれる。「歩けるから!」と主張しても「また転んだりしたら危ないですから!」と降ろしてもらえない。このままうっかり落とされる方が危ないと思うのだけど…?

 西洋のお城のような建物の中に運ばれ、天蓋のついたベッドに寝かされる。部屋の内装も「いかにも」といった感じだ。

「本日のお食事はこちらまで運ばせていただきます。緊急事態ですので旦那様よりそのような指示が下っています。」

「あ、ありがとう。」

「私は当然の事をしたまででございます。」

 かしこまった様子で頭を下げ、退室する執事のような男。立ち振る舞いからして執事で間違いないだろう。

 誰もいなくなった後、部屋を見渡す。ピンクを基調とした内装。全身を映す為と考えるにしては大きすぎる姿見。陶器人形が飾られた書き物机。古い訳ではないが、繰り返し読んだのだろう、少し傷のついた本が大量に入っている本棚。

「何か無いかな。」

 私はベッドを降りて机の引き出しに手をかける。そこから出てきたのは大量のノートだ。

「うーん、わからないはずなのに音声言語は理解できたけど、文字の方はダメなのかな。」

 手書きで何かが大量に書かれているが、その意味をくみ取ることは全くできない。本棚の本においてもその文字を理解することは叶わなかった。

「今書いたら、どうなる。」

 ノートの余白に文字を試し書きする。そうして書かれたのは日本語とも、ノートや本の言語とも違う文字であった。

「うーん、こっちは書けるし読めるのね。じゃあ日本語を…。」

 今度は明確な意思を持って日本語で文字を書く。できあがったのはとんでもなくへたくそな日本語の文字。

「この肉体が慣れているものに対応できると考えた方がいいのかな。」

 カーテンを開けて窓の外を見る。太陽は真上にある。ここが地球と同じルールが適応されているなら、今はちょうどお昼のはずだ。

「リーナ様、失礼します。」

 ノックの音に女性の声が続く。

「はーい、どうぞ。」

「お食事のご用意です。」

 メイド服の女性がカートに料理を乗せて部屋に入ってきた。見ればおおよそ病人に優しいとは言えないような品揃えの料理が並んでいる。量も尋常ではない。いや、病人ではなくケガ人だからある意味この選択は正解なのか?

「お食事の介助をさせていただきますね。」

「いっいや!?そこまでは大丈夫!大丈夫だから!一人で食べれるからね?ね?」

 どうやらここは随分と過保護なようだ。自由を尊ぶ私としては少し辛いかもしれない。

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