岬と陰日向
えんじゅ
転生神の職務放棄、或いは転移神の苦心惨憺
プロローグ
螺旋階段が空へ向かって伸びている。しかし、人の生み出すものは決して天まで届かないのだと象徴するかのように、階段の先は何もない宙で途切れていた。
その頂に立つ彼女の姿は陽炎に包まれ、輪郭線を淡く鈍らせている。
毛先より火の粉を散らす頭髪は、肉体から溢れ出す熱量にあてられてか、ゆらゆらと揺れていた。
僕は、彼女の周囲に漂う熱気から離れたくて、幾つか段を降りた所に腰を落ち着けている。
『とんでもないことをしてくれましたね』
相手の意識へ直接――時に天の声ともよばれる――語り掛けているが、彼女は眼下を見据えたまま反応がなく、故に僕の非難は止まらない。
『死んで転生する手筈だった命を助けるなんて……その命で救われた世界があったのかもしれないのに』
今しがた命を救われた子供が無傷で立ち上がるのを見届けて、彼女は安堵の笑みを浮かべていた。
転生神の職務を放棄した直後、つまり神様であることの自己否定であり自殺行為に等しいというのに、彼女は笑顔を崩すこともなく、その奥に垣間見える感情によってか、僕の瞳にはどこか人間臭く映りこんでしまう。
『どうするつもりなんですか?』
「ん、心配してくれてるわけ?」
天の声で同様に意思疎通できる筈の彼女は、しかし、僕に合わせることはなく飄々とした声色で答えてきた。
『てめーの厄介事に巻き込まれるこっちの身にもなれって言いたいんですよ』
「まぁ、こうして
『見逃せと言ってるんですか? それとも一緒に始末書を書けとでも? もしくは今からあの子を転移させますか?』
「ばか言うな」
『ばかはどっちなんですかね。あの子供の代わりなんて早々見つかりませんよ』
「だから力を貸してくれと言ってるんだぜ」
不敵な面持ちで告げる彼女に対して嘆息で返す。
空中で途切れた螺旋階段の先を見上げ、神の目が僕らに届いてないことを祈るばかりだった。
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