第119話 時間

大地君のお母さんが勤める工場に派遣されてからと言うもの、毎日が忙しく過ぎていた。


今までよりも作業量は少ないけど、シュウジ君が熱を出したり、保育園の行事があると、お母さんが休んでしまう為、一人で作業しなければならず、時々上原さんに電話をし、作業をする日々。


それ以外にも、急遽親会社に呼ばれては、光輝社長に状況報告をしなければならず、落ち着いて作業をすることは極稀だった。


シュウジ君のお迎えは週に2回、月曜と木曜と決め、保育園がお休みの時には週に1回。


最初は毎日のように、シュウジ君から「明日は来れる?」と聞かれていたんだけど、だんだん曜日感覚が出来てきたようで、「次は3回寝たらだね!」と、言われるようになっていた。


年末年始の長期休みを迎え、ずっと実家で過ごす日々。


実家にいるときに、卒業アルバムを眺めていると、忘れていた過去や、凄く小さな出来事を、ほんの少しだけ思い出していた。


けど、大地君に連絡をする勇気がなく、携帯番号が書かれたメモを見ながらため息をつく日々。


長期休暇を開けても、連絡をする勇気が出ず、ため息ばかりをついていた。



正月休み明けの初日。


工場長と事務員のおばさんである、工場長の奥さんは、親会社へ新年のあいさつに行き、工場の皆さんと一緒に、食事をしながら話していた。


工場長は奥さんと事務所に戻ると、お母さんに向かい「だいちゃん、また光ちゃんと喧嘩してた。 光ちゃんが何かを隠したみたいだな」と、小声で話していた。


お母さんはそれを聞き、チラッと横目で私を見る。


お母さんは目で何かを訴えてきたけど、黙って小さく頷くことしか出来なかった。


帰宅後、ベッドで横になりながら紙を眺め、『どうしようかなぁ…』と考えていた。


『今更連絡をして、何を話せばいい? なんて言ったら良いんだろう…』


大きくため息をつきながら、ボーっと天井を眺めていると、インターホンが鳴り響いた。


ドアアイを覗き込むと、ビニール袋を抱えた美咲ちゃんの姿が視界に飛び込み、ゆっくりとドアを開けた。


美咲ちゃんは「ご無沙汰してます!」と言った後、「二人で新年会しよ」と切り出し、中へ入るように促した。


美咲ちゃんと乾杯をしてから話始めたんだけど、会話のメインは近況報告ばかり。


美咲ちゃんは、上原さんの事や部長の事、石崎さんの事までもを話していた。


少しだけ羨ましく思いながら話を聞いていると、美咲ちゃんが「そう言えば、光輝社長の弟さん、毎日来てるよ? 噂によると、光輝社長が『売り上げが落ちてる』って、毎日詰めてるみたい」と、思い出しながら話してくれた。


「まだ人手不足なんだ…」


「1人入ったみたいだけど、毎日呼び出してたら作業できないよねぇ… その辺、わかってるのかな?」


「わかってる…のかな? 光輝社長が何考えてるのかさっぱりわかんないや」


「私も同感! なんか最近ピリピリしてて、ちょっと怖いんだよねぇ…」


『前から怖いです』とは言えず、いろいろな話をしていると、あっという間に時間が過ぎ、美咲ちゃんは自宅に帰っていった。


美咲ちゃんが帰った後、ベッドで横になり、また紙を眺める。


『毎日呼び出しか… 疲れてるだろうな… やつれたりしてるのかな…』


気になることはいっぱいあるし、話したいこともたくさんあるけど、いざ電話をしようと携帯を握り締めても、番号をタップすることが出来ず、大きくため息をつき、携帯を手から離すばかり。


そんな事を繰り返しながら、ただただ無駄な時間だけが過ぎていた。

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