第118話 アヒル

ピンチヒッターとして大地君の事務所に行った翌週から、急遽、大地君の叔父にあたる方の子会社へ。


本当なら、1週間の猶予があったんだけど、事情が大きく変わってしまい、急ぎ派遣されることに。


電車を乗り継ぎ、携帯の地図を見ながら歩いていると、小さな工場が視界に飛び込んだ。


『ここ?』と思いながら、工場のインターホンを押すと、中から大地君のお母さんが現れた。


「あら? もしかして、派遣されてきたのって美香さん?」


驚きながらそう言われ、「はい」と言いながら頷くと、お母さんは「そうなの!?知らなかった!!」と少し興奮状態。


中に案内され、工場長に挨拶をしたんだけど、「この子がシュウジの言ってた姉ちゃんか!」と言い、豪快に笑っていた。


その後、事務所に案内され、お母さんから「経理の人が、ガンで長期休暇の予定だったんだけど、昨晩緊急入院しちゃったみたいでね。経理が私一人になっちゃったのよ。シュウジもまだ小さいし、急に休む事もあるからねぇ」と言う話を聞き、不安ばかりが募っていった。


お母さんから淡々と作業を教わっている最中、お母さん宛に電話が入り、手持無沙汰になってしまった。


仕方なく、メモを読み返していると、電話を終えたお母さんから「今、光輝から電話で『大地には言うな』って言われたんだけど、何かあったの?」と聞かれてしまった。


親会社で起きたことと、何も言わずに移動になったことを伝えると、お母さんは「あの子たちはホントに…」と少し呆れた様子。


その後も少しだけ話した後、作業を教わったんだけど、親会社の手順とほとんど一緒だったから、特に問題はなく、午後からは一人で作業ができるようになっていた。


お母さんは感心したように「流石。光輝が一目置くだけあるわね…」と小さく呟くと、工場長が「シュウジもだろ?」と言いながら豪快に笑っていた。


定時後になると同時に、お母さんに「シュウジ君、元気ですか?」と聞いてみた。


するとお母さんは「元気よ。起きたら美香さんが居なくなってたでしょ?『姉ちゃんがアヒルになっちゃった』って大泣きしてね。大地があのアヒルをキーホルダーにしてくれて、保育園の鞄に着けてるわよ。事情を聴いたけど、あれは居なくなっても仕方ないわよね… 私でも黙って帰ると思うわ」と言い、少し寂しそうな笑顔を見せていた。


「そうだったんですね… あの、これからお迎えですよね? 一緒に行ってもいいですか?」と提案すると、お母さんはにっこりと笑い「もちろん! シュウジ、すごく喜ぶわよ」と言いながら帰宅準備をしてくれた。


お母さんと話しながら歩き、すぐ近くにある保育園へ向かった。


シュウジ君は私の姿を見た途端「姉ちゃんだ!!」と言い、上履きのまま駆け寄ってきた。


「人間に戻れたんだね!よかったぁ!!」と言いながらはしゃぐシュウジ君に、凄く癒されながら「早くサヨナラして一緒に帰ろ」と言うと、シュウジ君は元気に「うん!」と言い、帰り支度を始めていた。


保育園の先生とお別れの挨拶をした後、シュウジ君は私の手をしっかりと握り「今日はお泊りできる?」と聞いてきた。


「明日もお仕事だから今日は無理だなぁ…」と言うと、シュウジ君は「えー… つまんないのぉ…」とふてくされながら言ってきた。


それ以上の約束をすると、また悲しませることになると思い、「じゃあ、またお母さんがいいよって言ったら、お母さんと一緒にお迎えにくるね」と言うと、シュウジ君は「うん!約束だよ!」と言ってきた。


「もう一個約束して欲しいんだけど、お姉ちゃんがお迎えに来たこと、大地兄ちゃんには内緒ね? そうしないと、お迎え来れなくなっちゃうかもしれないんだ」と言うと、シュウジ君は「わかった!大地兄ちゃんにはシーね!」と言いながら、人差し指を口に当てていた。



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