第109話 迷い

上原さんから、大地君の新しい携帯番号とアドレスをもらってからと言うもの、帰宅後には、紙を眺めながらため息をついていた。


大地君は毎日のように親会社に来ているし、『無理矢理連れ帰ろうと思ってる』と言ってたから、一人減ったせいで、仕事に支障が出ているという事は、言わなくても想像がつく。


けど、私自身、気持ちの整理がつかず、大地君に会うことも、連絡をすることも出来なかった。


『もし、私の存在がばれて、あの人に携帯を壊されたんだとしたら、連絡しちゃいけないよね…』


話から推測すると、あの女性は大地君の子どもを身籠っている。


本人から直接聞いたわけじゃないし、大地君が否定していたこともあるせいか、『もしかしたら違うんじゃないか?』と言う気持ちと、『薄情な人』と言う気持ち、それと私の中に存在する小さな未練が、複雑に絡み合い、連絡をすることが出来なかった。


数日後のある日を境に、大地君は親会社に来なくなった。


上原さんの話だと、大地君が『無理矢理連れ帰ろうと思ってる』と言ったことが、光輝社長の耳に入り、「光輝社長が出入り禁止にしたんじゃないか?」との事。


『光輝社長だったらやりかねないなぁ…』


そんな風に思いながら、毎日のように紙を眺め、どうしようか悩んでいた。



数週間後の定時後、美咲ちゃんと帰宅しようと歩いていると、背後から「美香ちゃん」と呼ぶ声が聞こえ、振り返るとケイスケ君が歩み寄ってきた。


思わず「げっ」と言ってしまうと、ケイスケ君は「げって何?」と…


空笑いでごまかそうとすると、ケイスケ君は「飲みに行くよ」といきなり切り出してきた。


「今日はちょっと用事が…」と言いかけると、「行くよ!」と言う強い口調。


逃がしてくれなさそうな雰囲気に、小さく「…はい」と言うことしか出来なかった。


居酒屋に行き、向かい合って座るなり、ケイスケ君が「なんで何も言わなかったのか、納得いく説明をしなさい」と、腕を組んで命令口調。


口ごもりながら「光輝社長に口止めされてたので…」と言うことしか出来なかった。


「ったく… あの社長はほんと勝手なんだから… 大地を出入り禁止にしたからケイスケが来いとか、経理は良いから制作やれとか、こっちの身にもなれっての」


「…仰る通りです」


「で? 大地には連絡したの?」


「…いや あのですね…」


「は? してないの? なんで?」


「できないと言いますか… しないほうが良いと言いますか…」


「何があったのかはっきり言いなさい!」


仕方なく、あの日の夜に見聞きしたことを、ケイスケ君に話した。


ケイスケ君は大きく目を見開き「それマジ?」と聞き、飲み物を一口飲んだ。


「…うん。 それでここに居ちゃいけないなぁって思って帰ったんだけど…」


「その女ってどんな人?」


「お正月に親会社の入口で暴れてた人」


「俺、先に車乗ってたからわかんないなぁ… と言うか、本当に大地の子どもなの? 信じらんないんだけど…」


「話から推測すると、たぶんそうかと…」


ケイスケ君は腕を組み、「うーん」と唸りながら考え始めた。


「大地がそんなことする奴とは思えないんだよなぁ… 軽く潔癖だし、前に居酒屋で大高の胸触ったじゃん? あの後、速攻でトイレ行って手洗ってたんだよね… 」


「けど、高校の時、4人がかりで私の事を襲おうとして、裏で糸引いてたじゃん…」


「え? 高校の時?」


「1年の2人とユウゴ君の4人でさ… あれがきっかけでユウゴ君が…」


そう言いかけると、ケイスケ君は「もしかして記憶…」と聞いてきたので、黙ってうなずいた。


すると、ケイスケ君は眉間にしわを寄せ「もしかしてさ、あの後、野村から連絡あった?」と聞いてきたので、黙ってうなずく。


ケイスケ君はため息交じりに「マジかよあいつ… ホント最悪なんだけど…」と言い、あの時、裏で何が起きていたかを話し始めた。

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