第107話 ため息
全てを思い出した後、天井を眺めながらため息をついた。
鞄から携帯を取り出してみても、『12:17』と表示されているだけ。
『連絡… 来るわけないか…』
そう思いながら体を起こし、親会社社長である光輝さんの名刺を探し、電話をかけた。
光輝さんは電話に出るなり「もっと早く決断してくれると思ったよ。で、どうする?」と聞いてきた。
大きく深呼吸をした後、光輝さんに向かい「行きます。 これからお世話になります」と伝えた。
光輝さんは喜んだ様子で「そっか。嬉しいよ。早速だけど独身寮に入ってもらうから。2時間後にトラックが行くから、すぐに準備して。明日からこっちに来てもらうから。出社したらすぐ社長室に来て」と言っていた。
『下準備は万全か…』と思いながら「わかりました」と言い、電話を切った。
すぐに準備を始めると、家のインターホンが鳴り、作業着を着た女性が3人中に入り、着々と荷物をトラックに運ぶ。
トラックに乗り込むと、運転手の女性はそのまま独身寮へ向かった。
荷物を搬入した後、書類にサインをした後、地図を渡され、女性スタッフはあっという間に去ってしまう。
独身寮って言うから、お風呂とトイレが共同かと思いきや、普通のアパートを寮にしているような感じ。
各部屋にお風呂とトイレが付いていて、小さなキッチンと、洗濯機置き場まであった。
呆気なく終わってしまった引っ越し作業に、『これが光輝さんのやり方か…』と思いながら地図を眺め、大きくため息をついた。
地図を見ながら歩き、会社へ着くと同時に社長室へ。
社長室の前には、秘書の方が居て「お待ちしておりました」と言いながらお辞儀をしてくれた。
社長に挨拶をした後、ソファに座り、書類を記入すると、光輝さんは「今日はこれだけで良いから、アパートの解約しておいで」と言ってくれた。
返事をした後、不動産に行ったり、役所に行ったりと、1日中移動し、寮に着いた時は疲れ切っていた。
携帯を見ても、時計が表示されているだけ。
『連絡… ある訳ないか…』
大きくため息をついた後、ベッドで横になり、ボーっと天井を眺めていた。
翌日から本格的に出勤したんだけど、隣のデスクの女の子である美咲ちゃんも、寮に入っているようで、「今度、近所をご案内しますね」っと、声をかけてくれた。
お礼を言った後、経理長のおばさんである上原さんに作業を教わり、入力作業をしていた。
上原さんは一つの作業が終わると、その度に「飴ちゃん食べる?」と聞いてくる。
『そんなに食べたら糖尿になるって…』ってくらい飴を勧められ、引き出しの中が飴でいっぱいになっていた。
経理は私を含めて4人いて、経理部長の山岸さんが唯一の男性。
木村君の会社とは全く正反対の男女比率だったせいか、少し新鮮に思えていた。
お昼を迎えると、上原さんと美咲ちゃんの3人で、食事を取りに行こうとしたんだけど、エレベーターを降りた時、木村君が入口を入ってこようとしているのが見え、慌てて柱の陰に身を隠した。
美咲ちゃんに「美香さん?」って言われたんだけど、人差し指を口に当て「シー」と言うだけ。
息をひそめて身を隠していると、柱のすぐ向こうから、上原さんの「大地社長、こんにちわ」と言う声が聞こえた。
大地君が「ども」とだけ言うと、上原さんが「今日もおつかい?」と聞く。
「いえ、今日は私用です」
「私用? どういった用事?」
「うちの従業員が兄貴に攫われたんで、連れ戻しに来ました」
「あらあら。 あんまり喧嘩しないようにするのよ?」
「無理言わないでくださいよ。俺は喧嘩しに来たんです」
「あらまぁ。 飴ちゃんでも食べて落ち着いて。 ね?」
木村君は「あざっす」と言うと、エレベーターの方へ。
見つからないように少しずつ移動していると、上原さんが「行ったわよ」と教えてくれて、大きくため息をついた。
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