第106話 過去の記憶ー5

大地君と唇を重ねた後、どうやって帰ったのかはわからない。


気が付いた時には、制服のまま、自宅のベッドの上で、ボーっと天井を眺めていた。


大きくため息をつき、着替えようとワイシャツのボタンを外そうとすると、ボタンが取れていることに気が付いた。


その瞬間、ついさっき起きたことが走馬灯のように頭の中を駆け巡り、体が震え始めた。


『怖い…』


自分で自分の体を抱きしめるように座り込み、ガタガタと体を震わせていた。


しばらく震えていたんだけど、少しだけ落ち着きを取り戻し、着替えた後で、ワイシャツをごみ箱に投げ捨てた。


母親が夕食に呼びに来ても、食欲がなく、ほとんど食べることが出来なかった。


父親に「なんかあったのか?」って聞かれても、「別に」とだけ言いリビングを後にしようとすると、自宅の電話が鳴った。


母親に「出て」と言われ、ため息をついた後に電話に出ると「野村だけど」と言う声。


「ああ…」とため息交じりに言うと、野村君は笑いながら話し始めた。


「今日、部室で1年に襲われたらしいじゃん。知ってる?あれ、裏で糸を引いてたのは木村大地らしいよ。本当は、ユウゴと4人で襲おうとしてたんだけど、1年の二人が抜け駆けして、大地がブチギレたらしい。一番最初は俺だろって超キレてたなぁ… あいつ彼女いるのに最悪じゃね? ユウゴはノリと勢いで殴ってたのを顧問に見つかって退学だって。さっき大地から聞いてマジウケたんだよね。自分のせいで一人退学になったって、今どんな心境か聞きたくてさぁ」


『裏で糸を引いてた…』

『好きな人に陥れられた…』

『今どんな心境…』

『こんな形で振られるとは思わなかった…』


この言葉を聞いた途端、足元が大きく崩れ落ち、視界が真っ暗になった。


次に気が付いた時には、病院のベッドの上だった。


目を開けると、母親と静香が泣きじゃくる顔が視界に飛び込み、腕には管がつながっていた。


そこからしばらくの間は、言葉を発することが出来ず、若い男性医師を見るだけで、発狂してしまい、そのたびに注射を打たれ眠る日々。


半年近くも入院し、担任が持って来た課題をこなし続け、やっとの思いで復学した時には、3年になっていた。


クラスメイトは半分以上減り、近づいてくるのは静香と一部の女子生徒だけ。


課題と静香のおかげで、授業の遅れは取り戻すことが出来たけど、校内で女子生徒以外に話しかけることはなかったし、話しかけられても聞こえない振りをし続けた。


明日香が「体大丈夫?肺炎だったんでしょ?」と聞いてきたけど、苦笑いを浮かべるだけだった。


たまに視線を感じ、ふと見ると、悲しそうな表情をした男子生徒の姿。




当時の私は、それが木村君だということに、気が付いてなかったんだ…



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