第101話 ごめんね

シュウジ君と同じ布団に潜り込み、気が付いたら眠っていたようで、少しだけ目を開けると、カーテンの向こうが朝焼けに染まっていた。


『そろそろ始発出てるかな…』


そう思いながら上半身を起こすと、シュウジ君は布団の外に出ていて、木村君の姿はなかった。


シュウジ君を布団の中に戻した後、トイレに行ったんだけど、木村君の姿はなく、リビングにもいなかった。


『どこ行ったんだろう…』


そう思いながら和室に戻ると、外から女性の怒鳴り声がかすかに聞こえてきた。


なんとなく窓際に行き、少しだけカーテンを開けて見ると、道路の向こう側でガードレールに腰かけた木村君の後ろ姿と、おなかの大きい女性の姿が視界に飛び込んだ。


『あの女の人… どっかで見たことあるなぁ』と思い、思い出してみると、年始に親会社の入口で、警備員に取り囲まれていた女性だということが分かった。


『ダメだ』と思っていても、好奇心の方が勝ってしまい、少しだけ窓を開ける。


すると木村君の「俺には関係ねぇだろ?」と言う声と、女性の「関係ないことないでしょ!」と言う、女性の怒鳴り声が聞こえてきた。


しばらく息を殺して身を隠し、耳を澄ませていると、女性の「責任取りなさいよ!」と言う怒鳴り声がはっきり聞こえてきた。


「なんで俺が責任取るんだよ?」


「こうなったのはあんたのせいでしょ!!責任取りなさいよ!!」


「知るかよ。俺には関係ねぇだろ!?」


「関係あるから言ってるんでしょ!?」


二人の会話を聞いていて、足元が崩れ落ちる感覚に襲われた。



『お腹の大きな女性が「責任取れ」って、そういうことだよね…』


『しばらく連絡が途絶えてたもの、なかなかメールが来なかったのも、会社に来なかったのも、全部全部、そういう事だったんだ…』


そっと窓を閉めた後、ボーっとしたまま着て来た服に着替えた。


使っていた枕の横にパジャマを畳んで置いた後、枕にあひるのゴム人形を置き、シュウジ君の頭を撫でながら、小声で「ごめんね」と言い、涙を堪えながら家を後にした。


ボーっとしたまま歩き、タクシーを捕まえてアパートまで帰る。


タクシーに揺られているときに、『断ればよかった… 帰ればよかった… シュウジ君、本当にごめんね』と何度も頭の中で繰り返し、涙をずっと堪えていた。


アパートに着くと同時に、ベッドに倒れこみ、枕に顔を埋めたまま、こみ上げてくる涙を堪えきれずにいた。



どれくらい泣いたんだろう…


どのくらい泣いたかはわからないけど、かなりの疲労感に襲われ、ボーっと壁を眺めていた。



『彼女がいるか聞いておけばよかった… キスなんかしなきゃよかった… 彼女がいるのに… 彼女が妊娠してるのに… 一人で浮かれて… ホントバカみたい… 本当にバカだな私… 同じ人に2回も振られるなんて…』


そう思った時、今までにない程の激しい頭痛が襲い掛かり、薬を探すことも、声を上げることも、目を開けることすらも出来なかった。


一人、ベッドの上で苦しみ、もがいていると、過去のことが走馬灯のように駆け巡った。



『そうだ… 私、高校の時、木村君に片思いしてた… ずっと見てて… ずっと大好きだった… 全部思い出した…』


全てを思い出すと同時に、今まで起きていた激しい痛みは、一気に引き、もつれて絡まり合っていた記憶の糸は、綺麗な直線を描いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る