第95話 リラックス

木村君は私の家に入った後、周りを見渡して「噂通り、綺麗にしてるんだな」と小さく呟くように言っていた。


「噂ですか?」と聞くと、「あゆみから聞いた」と言いながら、手に持っていたビニール袋から、お酒とウーロン茶を出していた。


グラスをテーブルに置き、「適当に座ってください」と言った後、料理を始めようとすると、木村君は「その前にちょっと良いか?」と聞き、座った後に携帯を取り出した。


木村君の携帯を覗き込むと、そこにはカオリさんの依頼書が映し出されている。


「ここにふわっとって言ってるんだけど、どういうこと?」


「ああ、境界だけぼかし入れろって事です。もわっとは全体的にぼかしで、もさっとはシャープ強めです。いきなり言われてもわかんないですよね」


「食べてからで良いから、全部メモ書きしてくれるかな?」


「承知しました」


返事をした後、私はキッチンに立ち、木村君は座ってテレビを眺めていた。


サラダをテーブルに置くと、テレビの奥は一層騒がしくなり、レポーターが『今、白鳳本社に強制捜査に入りました!』と何度も連呼。


思わず手を止めて見入っていると、木村君がベッドを背もたれにし「終わったな」と小さな声で言ってきた。


「ですね」と言った後、すぐに続きの調理を開始したんだけど、テレビが気になって仕方なかった。


テレビを見ながら調理を続け、出来上がったハンバーグをテーブルに並べると、木村君は「美味そう」と言いながら乾杯をし、食べ始めていた。


少し食べ始めていると、テレビの向こうがより一層騒がしくなり、警察官に取り囲まれた山根さんの姿が。


無数のフラッシュがたかれる中、大声で山根さんに質問する記者たち。


その中でも、はっきりと聞き取れるくらい、大きな声の男性レポーターが「山根さん!アニメ制作関係者に圧力をかけたのはあなたの指示だったんですか!?」と聞くと、山根さんは「うっさいわね!!黙りなさいよ!!」と大声で怒鳴り返し、警察官に押さえつけられ、車の中に押し込まれていた。


木村君はそれを見て「黙ってりゃいいものを… 印象悪すぎだろ」と呟くように言った後、「消して良い?」と聞いてきた。


黙ったまま頷くと、部屋の中は一気に静まり返ってしまい、なぜか緊張感が漂い始めていた。


しばらく黙って食べていると、木村君は大きく息を吐き「美味かった!ごちそうさん」と言いながら笑いかけてきた。


「…半分食べます?」と聞くと、「マジ?いいの?もらう」と、木村君は立て続けに言った後、私のハンバーグをあっという間に平らげていた。


『恐ろしい…』と思いながら食器を片付けていると、木村君は大きく息を吐き「なんかここ落ち着くな」と言ってきた。


「そうですか?」


「ウチ落ち着かないからなぁ… 仕事がすぐできるせいで、兄貴から時間問わず電話がかかってくるし、ユウゴは帰らないし… それにしても、自宅待機1週間は長いよなぁ…」


木村君の言葉を聞き、思わず言葉が詰まってしまった。


すると木村君が「どした?」と聞いてきたんだけど、なんて答えていいかわからず「い、1週間長いですよね… 今日、暇で仕方なかったんですよ?テレビつけたら白鳳の事ばっかりだし、うんざりしちゃってました」と誤魔化していた。


木村君はゆっくりと腕を伸ばし、私の頬に手を当てて「ごめんな。俺の力不足で…」と、悲しそうな顔をしながら言ってくる。


黙ったまま顔を横に振ると、木村君は伸ばした腕で私を引き寄せ、優しく抱きしめてくれた。


「…不安だよな。 ごめん」


木村君は囁くように何度も謝罪していたんだけど、途中から、まるで木村君自身が『不安』に思っているように聞こえてしまい、『大丈夫』の言葉の代わりに、彼の背中に腕を伸ばした。

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