第93話 待機
ユウゴ君から足渡しされた雑誌に一通り目を通すと、木村君が「美香?大丈夫か?」と聞いてきた。
「何がです?」と聞き返すと、木村君は「いや… その記事さ…」と、口ごもりながら何かを言おうとしている。
「大丈夫ですよ。そんな過去もあったなぁって感じです」とだけ言い、更衣室の中へ逃げ込んだ。
更衣室の中で着替えているときにも、頭の中には『文字通り捨てられてました』の文字が繰り返し浮かんでいた。
繰り返される言葉を吹き飛ばすように、ふーっと大きく息を吐いた後、更衣室を出ると、木村君が「ちょっといいか?」と切り出し、ユウゴ君は事務所に追いやられていた。
木村君はいきなり「兄貴に言われたんだろ?さっきの記事の件」と言い、何を言っているのかわからなかった。
「白鳳の事とか、いろいろ聞かれたんだろ?他にも不正はないかとか、山根との関係とかさ…」
何のことを言っているのかわからないまま、俯き、黙っていると、木村君は納得したように「やっぱりな」と言っていた。
「で?いつから自宅待機って言ってた?」
「いや… あの… そこまでは…」
「そっか。わかった。待機中にカオリさんの案件着たらまずいから、俺が引き継ぐよ」
思わず「え?」と言いながら顔を上げると、木村君は「安心しろって。カオリさんには全部話した上で俺が引き継ぐし、美香の動画は今までずっと見てたから、なんとなく把握してるつもり」と、寂しそうな顔で微笑んでいた。
『自宅待機って何?どういうこと?』
そんな風に思いながら始業時間を迎え、作業をしていると、木村君はプリントアウトした紙を見せてきた。
そこに書かれていたのは、私に対する1週間の自宅待機命令。
『あ、お兄さんが先に木村君に話してたって事か!あくまでも自宅待機だったら、内緒にしたまま引継ぎができるし、給料も出るって事ね。つーかそこまでする?』
そんな風に思いながら、木村君に引継ぎをしていたんだけど、引継ぎをしているときに、お兄さんに対する恐怖心を覚えてしまった。
『目的のためなら手段を選ばない か… 山根さんみたい… ま、謹慎よりましか…』
昼休みを終えても引継ぎが終わらず、やっと引継ぎを終えたのが定時間際。
ここから1日分の作業をしなきゃいけないと思うと、がっかりとしてしまいそうになった。
けど、木村君はすぐに作業を始めていたから、私もつられるように作業を始めた。
ケイスケ君がお弁当を買ってきてくれて、休憩室でグダグダしていたユウゴ君と4人で食べていると、ユウゴ君は「自宅待機って大地の兄貴、そんなにキレてんの?」と木村君に聞いていた。
「美香の事を嗅ぎつけたら、記者が取材に来るだろ?それが嫌らしい。最近、特に騒ぎになるの嫌がってるからな」
「全然納得いかねぇんだけど」
「俺も納得いってないよ。下手に逆上させて、解雇なんて言われるよりはマシだろ。今は特に機嫌悪いし、大人しくしてる方が身のため」
『本当は違うと思うんですけど…』
なんてことは言えないまま、黙ってお弁当を食べていた。
お弁当を食べ終えた後、作業を再開していると、ユウゴ君とケイスケ君がデスクに着き「ファイル貸して。しゃーないからやってやる」と言い、作業を手伝ってくれた。
あの記事を読んだせいなのか、過去に同情しているのか、どちらなのかはわからない。
けど、この何気ない行動のおかげで、過去に暗い事務所で一人、黙々と作業をしていた事実から、ようやく切り離された気がした。
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