第92話 雑誌

突然の内示を言い渡された日から、ユウゴ君に「暗い。怒られたくらいで凹むなよ」と、言われるように。


ユウゴ君は「俺なんて何しても何にも言われないんだぜ?」と、なぜかドヤ顔で言っていたので「それって見放されてるって事なんじゃないですか?」と言うと、縦にしたファイルで頭をコンっと…


「痛いなぁ!ホントパワハラで訴えますよ?」と言ってもユウゴ君は「お前の発言が逆ハラだっつってんの!」と言い、まともに取り合ってくれることはない。


『移動したら、こうやって言い合うことも、無駄に叩かれることも無くなるんだろうなぁ…』


そう思うと、少しだけ寂しい気持ちが押し寄せてきた。


『諦めが悪い』って言ってたから、どんな手を使ってでも、私を親会社に引き込もうとするのはわかってる。


真由子ちゃんの一件であったように、木村君は親会社社長であるお兄さんには逆らえない。


そうなると覚悟を決めなきゃいけないし、引継ぎもしなきゃいけないんだけど、内示の件を秘密にしたまま、なんて切り出して引継ぎをしていいのかわからない。


『どうしようかな…』


そう考えていると、帰宅後に天井を眺めながら、ボーっとしている時間が増えた。


『一番問題なのはカオリさんの案件だよなぁ…』


カオリさんの案件は、前職で2年以上も担当を続け、根気よく、密に連絡を取り合い、やっとの思いでカオリさんの求めるものを作れるようになった。


高い金額を払ってまで、細部にこだわり、しかもタイト過ぎるスケジュールを要求してくるから、1、2時間の引継ぎで済む話じゃない。


元々はユウゴ君の案件だったけど、私が入社してからは、完全に私に任せている状態だし、ユウゴ君はカオリさんの案件を嫌がっている。


ケイスケ君もある程度のことはできるようになり、今ではクリエーターとして働くようになったけど、カオリさんの案件となると荷が重すぎる。


そうなると木村君しかいないんだけど、社長業もあるし、何より親会社に呼ばれた場合、タイトすぎるスケジュールには間に合わない。


『どうしようかなぁ…』


そう思いながら、天井を眺める日々が続いていた。



そんなある日の朝、更衣室で着替えようと休憩室に入ると、ユウゴ君がまたしても逆さまになっていた。


最初はかなりの衝撃を覚えたこの格好も、大分見慣れ、そのままスルーしようとしたら、ユウゴ君が雑誌を足で挟み、「見れ」と言ってきた。


足で渡された雑誌の表紙を見ると【白鳳グループ 独占禁止法違反か!?】の文字。


白鳳の記事が書かれているページを開くと、【関係会社に圧力!? 関係者が本誌にだけ語った大企業の実態!】の文字が視界に飛び込んだ。


そこには現常務で、元制作部長のパワハラや、関係会社へ圧力をかけるよう指示していた事が詳細に書かれていた。


その他にもいろいろと書かれていたんだけど、一つの記事に目を奪われた。


【子会社の社長であるYさんは、白鳳に居た時から酷かったですよ。 昔、勤めていた子は、Y氏と取り巻きの仕事を押し付けられて、何日も家に帰れず、会社に泊まり込んでたんです。 「電気代がかかる」って言われて、その子は電気を消して作業してました。 タイムカードもYが勝手に押すから、残業代は一切出なかったんです。 その子はトイレで血を吐いて倒れたんですが、目の前で血を吐いて倒れているにも関わらず、Yはその横を素通りしたんですよ? しかもその後、取り巻きの女性社員に「営業部のトイレに捨ててこい」って言って、営業部の目の前にあるトイレに、文字通り捨てられてました。 しばらく入院して、復帰したと思ったら「邪魔」と言い放って、自主退職に追い込まれていました。 とても人間のやる事とは思えません】


『意識がなかったからわかんなかったけど、私、文字通り捨てられてたんだ…』



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