第87話 圧力

山根さんが突然来訪し、木村君が追い払ってくれた後、何度も木村君にお礼を言うと、木村君は「従業員を守るのは社長の役目だろ?気にするな」と言ってくれた。


『何かお礼をしなきゃ』と思ったんだけど、木村君は「この前昼飯作ってくれたし、そのお礼って思いなよ」としか言わなかった。


山根さんが突然来訪した翌週から、会社に『依頼キャンセル』の電話が鳴り響いていた。


週末になると、契約しているのが、先生の案件とカオリさんの案件、それ以外には片手で数える程度だった。


『これが山根さんのやり方か…』と思っていたけど、こうなってしまった責任は私にあるし、謝罪の言葉しか言えないでいた。


そんな状況でも、木村君は「一時的なもの。どうせすぐ戻ってくる」と言い、ユウゴ君は「やっと落ち着いて先生の案件に専念できるな」と笑っていた。


そのおかげで、ケイスケ君はユウゴ君に教わりながら動画を作り始め、私と木村君で辛うじて残った案件の作業をするように。


事務と言っても、案件が少ないせいで、私が手の空いた時にやれば済んでしまう為、介護疲れが目に見えてわかるあゆみちゃんは、長期休暇を命じられ、真由子ちゃんは、業績不振を理由に、とうとう解雇させられていた。


先生の案件である、モーションコミックの1話が配信されていたんだけど、想像以上に視聴数が伸びていた。


先生と交流のある声優さんが「無償でいいから、是非やらせてほしい」と言う声がSNS上に出始め、モーションコミックに声を入れるようになると同時に、あっという間に収益化に成功していた。


それと同時に【アニメにしてくれ】と言う声が大きくなり、何度も監督と先生を入れて話し合った結果、アニメ化することが決定していた。


けど、アニメ本編の制作に関しては、私もみんなも素人。


ケイスケ君はある程度のことはできるようになったけど、アニメ化となるとまだまだ技術が足りないし、ユウゴ君も常に教えながら作業をするということが出来なくなってしまう。


そこで白羽の矢が立ったのが、フリーランスとして活躍しているヒデさんだった。


ヒデさんも圧力を受けていたようで「仕事がなかったから助かるよ」と笑っていた。


そんなある日の事、監督と先生が応接室で脚本づくりをし、ヒデさんの指示で制作作業をしていると、事務所のインターホンが鳴り、山根さんが姿を現した。


山根さんはヒデさんを見るなり「あら、こんなところで何をされてるんですか?」と聞き、ヒデさんは「企業秘密。それより、着手金は工面できたのか?」と聞いていた。


「そんな必要なくなったのよ。つまり、あなたは必要ないの。ね、美香ちゃん。また私と一緒にお仕事してくれるのよね」


山根さんの言葉に耳を疑ったんだけど、誰よりも早く反応したのが木村君だった。


「どういうことですか?」


「業績不振でお払い箱になったから、雇ってくれって聞いたわよ。ただ、家が遠いから、在宅でやらせてくれって話だったわよね?今日は最後の挨拶の日だったでしょ?だから迎えに来たの」


何のことを言っているのかさっぱりわからず、声を絞り出し「…何の話ですか?」と聞いたんだけど、山根さんは同じ言葉を繰り返すだけ。


木村君が「お払い箱になんかしてません。現在、美香が指名されて引き受けている企業も多数ありますし、現在もその作業中です。そんな状況で僕が手を離すとでもお考えですか?」と聞くと、山根さんは眉間にしわを寄せていた。


山根さんは少し考えたようにした後、「ちょっと失礼」と言い、事務所の外へ。


ヒデさんの誘導の元、木村君とヒデさんの3人で応接室に入り、窓を少しだけ開けると、山根さんが誰かに電話で話している声が聞こえた。


山根さんは最初は冷静に「美香の件、どうなってるの?」と聞いた後、怒り狂った様子で「ふざけないで!美香以外は必要ないって言ったでしょ!!この役立たず!!」と怒鳴った後、事務所に入ることなく、駅の方へ向かっていた。

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