第81話 バカ

木村君がキスをしてから玄関を出た後『今の新婚みたい…』と思ってしまうと、耳が熱くなるのが分かった。


洗濯物を干しているときも『男性の服、こんなにたくさん洗濯するの初めてかも…』と思ってしまい、耳が熱くなってしまう。


『ダメだぁ… 普通にしなきゃ…』と思い、手のひらで頬を2回叩いた後、洗濯物を干し続けていた。


洗濯が終わった後、残り物を少し食べ、食器を洗ったり、テーブルを拭いたり、新婚のような行動をしていたんだけど、頭の中で『お手伝いさん。 お手伝いさん』と自分に言い聞かせていた。


気が付くと14時を過ぎていたので、買い物へ行き、木村君の家で夕食を作った後、メモ書きをして帰宅。


家に帰った後、ベッドで横になり、ボーっと天井を眺めていた。


『この感じ… 久しぶり…』


ボーっと天井を眺めていると、山根さんとのことを思い出し、ふとある事に気が付いた。


『そっか。 山根さんは嫉妬してたんだ。 期待度の低いアニメなんて、山根さんには眼中にないもんね。 眼中にないから私に頼んだんだけど、放送後に人気が出たからムカついたんだ。 だから無視して、仕事押し付けて、吐血した時も無視して素通りして、復帰してからもずっと無視して、邪魔って言い放ったんだ。そっかそっか。今頃気が付くなんてほんとバカだな。私』


そう思うとすべてが腑に落ち、大きくため息をついた。


あれだけ見下してやるって思ったのに、あれだけ見返してやると思い、遊びでも必死に頑張って、みんなと協力して先生を感動させることが出来たのに、山根さんの伝言を聞いただけで、あんなに動揺し、泣き出してしまった自分が情けなくて仕方がない。


『しかも、早退して迷惑かけて、社会人失格だな…』


そう思うと、どんどん気持ちが落ち込んでしまい、無気力になってしまいそうになる。


大きくため息をつくと、携帯が鳴り『木村君』の文字が浮かび上がっていた。


『トラブル? 最低限、これだけはやらないと』と思い、電話に出ると、木村君は「なんで帰っちゃうの?一緒に食おうと思ったのに」と少し不貞腐れた様子。


木村君の声を聞いた途端、凄くホッとしてしまい、視界がぼやけて見えた。


その後も少しだけ話をし、翌週を迎えた。


朝、事務所に行くと、出勤してきたあゆみちゃんは、私の顔を見て「なにかあった?」といきなり聞いてきた。


「何もないよ?」と言ったんだけど「疲れてる感じがする」と。


「何にもないって」っと言った後、作業の準備を始めていた。


作業をしていると、木村君が「悪い。これ急ぎで」と言ってきたので、「承知しました」と返事をし、作業をしていた。


『急ぎだから早くしなきゃ』と思い、急いで作業をしていた。


途中から頭の中で『早く… もっと早く… 早く… 正確に…』と思いながら作業をしていると、あゆみちゃんの「美香っち!!」と言う声と同時に、肩を叩かれハッとした。


ふと横を見ると、木村君が悲しそうな表情をし「ごめん。急がせてるのはわかるけど、そんな顔しないでくれ」と言われてしまった。


「す、すいません」と言いながら両手で顔を覆い、大きく息を吐く。


するとユウゴ君が「ちょっと休めよ」と、声をかけてくれた。


「大丈夫です」って言ったんだけど、ユウゴ君に「どこが?んな顔してどこが大丈夫なんだよ?俺がキレる前にさっさと休めこのバカ」と、吐き捨てるように言われてしまい、仕方なく休憩室へ向かった。


『やっちゃった…』


ソファに座り、膝に肘をついて両手で顔を覆っていると、「ほら」と言う木村君の声。


両手を外してみると、目の前には缶コーヒーが置かれていた。


「あ、ありがとうございます」と言った後、大きく息を吐くと、何とも言えない無力感に襲われてしまう。


木村君は隣に座り、缶コーヒーをテーブルに置いた後、「前職では毎日あんな感じだったんだよな?声かけてくれるやつとか居た?」と聞いてきた。


「ファイル置いて『これよろしく』って…」


「そうじゃなくてさ、『無理するな』とか、『手伝うよ』とか、そういうのは?」


「プロジェクトに参加する前はあったんですけど、それ以降は誰も…」


「なるほどね。 ていうかさ、あそこまで必死になる必要ないよ。 急ぎって言うけど、『できれば納期前に欲しい』ってことだし、納期遅れたら、俺が頭下げればいいだけの話だからさ。 ユウゴは躊躇うけど、美香のためならいくらでも頭下げるよ。 それと、お願いだから、うちと白鳳と一緒にしないでくれ」


この言葉を聞いた後、胸の奥がほんの少しだけ軽くなっていくのが分かった。


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