第82話 脅威

木村君から『白鳳と一緒にするな』と言われた週末の定時より少し前。


資料室から事務所に戻ると、木村君が立ちあがり話しかけてきた。


そのまま仕事の話をしていると、事務所のドアが開き、浩平君の「よぉ」と言う声が聞こえた。


真由子ちゃんは、すぐに入口に向かい「あ、浩平さぁん」と言っていたんだけど、浩平君は「あー、ちょっと後でね」と言いながら真由子ちゃんを追い払った後、「どうぞどうぞ、汚くて狭いところですが」と言いながら誰かを誘導していた。


けど、木村君の体が死角となって、誰が来たのかわからない。


ひょこっと顔だけ出して確認すると、血の気が引いて、手が震え、ファイルを持っていることすらできなくなってしまった。


「…山根さん」


小さく呟くように言うと、木村君はすぐに入口に行き「連絡もなく突然いらっしゃるとは、こちらの都合はお構いなしですか?」と、怒ったような口調で言っていた。


浩平君は「あれ?今日行くって真由子ちゃんに言っといたけど、何も聞いてないのか?」と言いながら、山根さんを応接室に案内していた。


山根さんは応接室に入る途中、私を見てニヤッと笑う。


その瞬間、足が震えて立っていることが出来ず、その場で崩れ落ちるように座りこんでしまった。


ケイスケ君が慌てて「美香ちゃん!」と呼んでくれたけど、立ち上がることが出来ず。


「すいません。立ち眩みです。すぐ治ります」と言ったんだけど、手足の震えが全身に広がり、止まらなかった。


木村君の指示で、ケイスケ君が休憩室に連れて行ってくれたんだけど、ずっと震えが止まらず、『ダメだ… ダメだ… あの人を見返すことなんかできない… 怖い…』と思っていた。


体が震えたまま、何もできないでいると、休憩室のドアが乱暴に開き、手土産を持ったカオリさんが姿を現した。


カオリさんを見た瞬間、凄くホッとしてしまい、「かおりさぁん」と言いながら抱きつき、子どものように泣きじゃくってしまった。


カオリさんは私の頭を撫でながら、子供をあやすように「頑張ったね。偉い。偉いよ。今まで一人で頑張ったもんね。偉いよ」と何度も繰り返す。


しばらくそのままでいると、浩平君の声が近づいてきて、「美香ちゃん久しぶりね」と言う山根さんの声が聞こえてきた。


『顔見たくない… 怖い…』


そう思い、カオリさんにギュッとしがみついた。


カオリさんの「関係者以外立ち入り禁止の場所です」と言う声と、「あなたも関係者じゃないでしょ?」と言う山根さんの声。


二人は静かに言い合っていたんだけど、山根さんが「美香ちゃん、久しぶりに顔見せて頂戴」と言うと、木村君が「これから田豪崗様と、ここで打ち合わせがあります。お引き取りください」と、静かに怒ったような口調で言っていた。


浩平君が「んだとコラ」と言ったんだけど、山根さんの「おやめなさい」の一言で黙り込む。


山根さんは「美香ちゃん、また一緒にお仕事しましょうね」と言うと、カオリさんが「あんた何人潰せば気が済むの?私が知ってる限りだと軽く10は超えてるわよ。もう一度美香をつぶす気?」と聞いていた。


山根さんは「潰すだなんて心外だわ。美香ちゃんも含め、みんな自己都合で辞めた子たちでしょ?ねぇ?美香ちゃん」と、私に話を振ってきた。


が、木村君が「打ち合わせがありますので、お引き取りください!」と、かなり強い口調で言う。


山根さんは「若い子は礼儀知らずで怖いわねぇ。私もこれから用事があるし、また来るわね」と言った後、浩平くんを引き連れて事務所を後にしていた。

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