第78話 訪問

遊びで始めたOP制作を終えた翌日。


みんなで打ち上げと言う名のバーベキューをしていた。


ケイスケ君はすっかり先生と意気投合し、漫画の話をしながら楽しそうに飲んでいるし、カオリさんと監督はユウゴ君に絡み続け、ユウゴ君は少しうんざりしている様子。


木村君はみんなと少し離れた場所で、ヒデさんと二人で静かに話しながら飲んでいた。


大介君に「つーかさ、ホントに副社長なの?あれ」と聞かれ、指さされた先にいるユウゴ君を見て「そうだよ」と答えた。


みんなは「信じられない」と口々に言い、同意することしかできなかった。


翌日は朝からみんなで別荘の大掃除をし、監督にお礼をして夕方前に帰宅。


普段と変わりない事なんだけど、遊びで始めたことが終わってしまったせいか、妙な寂しさに襲われていた。



週明け、普段通りの朝が始まり、普段通りに仕事が始まる。


普段元気なあゆみちゃんは、介護疲れが溜まってしまったようで、あまり元気がなかった。


「落ち着いたから、今度食事に行こうね」と言っても、「いつになるかわかんない」と、消極的な意見。


少し心配になりながらも1日を終え、翌日を迎えた。


朝から普段通りに作業をしていると、突然事務所の扉が開き、浩平君が姿を現した。


浩平君は「よぉ。元気してるかぁ?」と、陽気な感じで言った後、「真由子ちゃん、なんでメールくれないのぉ?俺待ってるんだけどぉ」と甘えた声。


真由子ちゃんは驚いた様子の後、「忙しくて…」と苦笑いを浮かべていた。


浩平君はそんなこと気にせず「この前のチョコタルト、どうだった?美味かったでしょ?流石パティスリKOKOだよな!ホント、あそこは最高だよね!またなんかあったらいつでも言ってね!すぐに買ってくるから!」と流暢に話しだす。


木村君が座ったまま「何の用だよ?」と吐き捨てるように言うと、浩平君は「あ、そうそう。これこれ、これを見せなきゃなぁ」と言いながら、全員のデスクの上に名刺を置いて歩いた。


そこには『白鳳グループ white lily corporation 営業第1部 本田浩平』の文字。


「いやぁさぁ、たまたま飲んでたら白鳳の人と意気投合しちゃってさぁ! ぜひうちに来てくれって! 入ったばっかりだから、研修って事で子会社に居るんだけど、来年には白鳳の営業1部よ?1部! 参っちゃうねホント。 大企業の営業1部よ? 期待されちゃって叶わねぇよ! この前も代表の山根さんに『期待してるからね』って言われちゃってさぁ~ この人がマジで綺麗な人なのよ! まさに白百合って感じで凛としててさぁ! 待遇も良いし年収も倍! 大地よりも年収上になるんじゃねーのかなぁ~ ホント参った参った~」


浮かれながら話し続ける浩平君に、何も言えないままでいた。


すると木村君が「話はそれだけか?」と聞くと、浩平君が「いやいや、それ以外にもあるんよ~ 美香、山根さんが『帰って来い』とさ。 んじゃ、伝えたからな。 また来るわぁ~ せいぜい頑張れよ!下級国民ども」と言いながら事務所を後にし、真由子ちゃんは慌てて浩平君を追いかけていた。


『帰って来い? 期待してないのに? 何で今更? 必要ないんじゃなかったの? 要らないから… 必要ないからあんな目を… 汚物を見るような目をしたんじゃないの? …嫌だ。 もうあんな生活…  絶対嫌…』


そう思うと手が震えだし、自然と涙が込み上げてしまい、慌てて休憩室に逃げ込んだ。


資料室の隅で『嫌… 嫌…』と思っていると、どんどん涙が溢れ、零れ落ちてしまう。


どんなに涙を止めようと思っても、山根さんの言葉が頭を過り、また涙が零れてしまう。


『嫌… でも… あの人には逆らえない… 逆らうことを許されない… 発言することも… 拒否することも… 絶対に許されない… 嫌だ… 嫌だ…』

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