第53話 頼み
不本意な歓迎会をした数日後。
少しだけ残業をした後、スーパーに向かっていた。
『今日は何作ろうかなぁ』と思いながら歩いていると、直行直帰だったはずの浩平君とばったり。
「お疲れ様です」と声をかけると、「ちょっとだけ良いかな?」と呼び止められた。
『珍しい』と思いながら後をついて行くと、浩平君は公園の中に。
「とりあえずあそこのベンチに座ろうか!あ、飲み物買ってこようか?」と、なぜかソワソワし始めた。
飲み物もいらないし、ベンチにも座らないことを言うと、浩平君は突然「申し訳ないんだけど、金貸してくれないかな?」と…。
『真由子ちゃんの話だと、部長に昇進し、給料も上がったはずなのに、なんで?』と思いつつも詳しく聞くことに。
「実はさ、親父が入院しちゃって… 大したことないんだけど、保険が下りるまでの期間、おふくろの生活費が足りなくてさぁ…」
「ああ、それは大変ですね… もうすぐボーナスだし、社長に話して前借したらどうです?」
「ダメ!それは絶対ダメ!」
急に大声を出され、びっくりしていると、浩平君は話しにくそうにしていた。
「いや、あの、ほら、大地もユウゴも俺の両親知ってるし、余計な心配かけたくないって言うか… ケイスケにも当たったんだけど、あいつも姉貴が入院してるみたいで断られちゃってさぁ」
『あゆみちゃんの親も入院中だし、みんな大変なんだなぁ』と思ったんだけど、正直言って、貸せるような余裕はない。
「すいません。余裕ないんですよねぇ…」と言うと、浩平君は「MVPもらったんだろ?ちょっとでいいから、どうしてもホントお願い!!」と、顔の前で手を合わせてきた。
「いやぁ、正直厳しいですよ。新しいパソコン欲しいし…」
「そんなの後でいいだろ!? なぁホント頼む!!」
『YES』と言わなければ帰らせてくれなさそうな空気に、「検討しておきますが、ご希望に添えるかどうか…」と言うと、浩平君は「マジ!?ホント助かる!!くれぐれも大地とユウゴには内緒にしてね!!じゃあ、また明日ね!!」と言って駆け出してしまった。
『検討だから貸すって決まったわけじゃないのに…』そう思いながらスーパーに行き、買い物を済ませていた。
翌日。
事務所に行くと、木村君がホワイトボードに予定を記入しているところだった。
ふと見ると、浩平君のところに『直行直帰』の文字。
「浩平さん、今日も直行直帰なんですね」と言うと、木村君は「そうだな」と言いながら、ホワイトボードに書かれている『大高真由子 休日』の部分をペンで軽く叩いていた。
「あ、そういうことか… でも大変ですよね」と言いかけ、言葉を飲む。
「大変?なにが?」
「あ、いえ… 直行直帰が多くてって事です」
「本当に仕事してればな」
木村君はため息をつきながらそう言い、休憩室へ向かっていた。
忙しくもなく、暇でもないごくごく普通の1日を過ごし、パソコン操作にも慣れたのか、あゆみちゃんは入力作業を時間内に終わらせていた。
定時を迎えると、ケイスケ君があゆみちゃんに「すごいじゃん。やればできるじゃん!」と褒め、あゆみちゃんは照れ臭そうに笑っていた。
休憩室で少し話した後、あゆみちゃんと二人で事務所を出た。
話しながら歩いていると、あゆみちゃんが「もうすぐ退院してくるんだよねぇ… 美香っちの家、しばらく行けなくなる」と嘆きはじめた。
「泊りじゃなくても良いんじゃない? 事前にメールくれれば、ご飯作って待ってるよ」と言うと、あゆみちゃんはユウゴ君とそっくりな口調で「女神か!」と言い、「泊まりたくなるからやめとく~」と、笑っていた。
途中であゆみちゃんと別れ、少し歩いていると、コンビニの前に浩平君が立っていた。
浩平君は私を見るなり「検討してくれた?」と…
状況は変わっていなかったので「無理ですよ」と言ったんだけど、浩平君は頼み込むばかり。
「どうしてもお願い!おふくろ、ここのところ何も食べれてないんだ!」
「だったら余計ですよ。社長に話した方が良いんじゃないですか?」
「だからダメだって言ってんだろ!?」
急に怒鳴られてしまい、大きく息を吐いた。
「だから…」と言いかけると、背後から「何がダメなん?」と言うあゆみちゃんの声。
振り返ると、あゆみちゃんが居たんだけど、浩平君はあゆみちゃんの姿を見るなり、逃げるように走り去ってしまった。
「なんかあったん?」と言われても、答えるわけにもいかず。
「ちょっとね。どうしたの?」と聞くと、「牛乳無くなってさぁ、スーパー遠いからコンビニ。一緒に行く?」と軽く答えていた。
「目の前だけど、付き合ってあげる」と言いながら、二人で笑い合い、コンビニで買い物をしていた。
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