第20話 愚痴

待ち合わせの時間に待ち合わせの場所に行く。


そんな当たり前のことが、遠い昔のように思えてた。


『最後に待ち合わせをしたのっていつだろう』


そんなことを考えながら、かおりさんの待つ駅に急いだ。


駅の近くに行くと、髪が長く、パンツスーツでスラっとしたスタイルの女性を見つけた。


その女性に近寄り「お待たせしました!」と声をかけると、かおりさんはびっくりした表情で「痩せたでしょ」と。


「なかなか戻らなくて…」と伝えると、かおりさんは「しゃーないしゃーない。そこにおいしい和食屋があるからそこ行こう」と言い、歩き始めた。


店に入り、座敷に案内され、向かい合って座る。


「かおりさんだぁ」と、笑顔で小さくつぶやくと、かおりさんは嬉しそうに「かおりさんですよ」と答えてくれた。


最初は無理難題を強いることに、嫌悪感を抱いていたけど、かおりさんの無理難題があったからこそ、自分の技術をここまで磨けたし、作業スピードだってかなり上がった。


技術面での『育ての親』と言っても過言ではないほど、信頼している人だ。けど、酒癖があまり良くないのが悩みの種。


かおりさんは日本酒とおつまみを注文し、私用にうどんを頼んでくれた。


ウーロン茶と日本酒で乾杯した後、かおりさんは「で?」と切り出してきた。


「で?ってなんですか?」


「クソ山根にやられたんでしょ?」


「あ… いえ、私が未熟だっただけですよ」


するとかおりさんは胡坐をかき「あのクソアマよぉ!」とかなりお怒り。


「どうしようもない編集ばっかりしてくるし、文句言ったら『別料金になりますが』ってふざけんなっつーの!美香ちゃんが窓口の時はさぁ、事細かにメールで進行状況報告してくれたけど、休んでからは一切ないのよ?で、催促したら『納期遅れます。それは別料金になります』ってふざけんじゃねぇっつーの!しかもしかも、別料金払って修正依頼出したのに、修正してない動画を送ってきやがってさぁ!『どこ直したの?』って聞いたら『ここを直したんですが、わからないですか?』だって!ホント頭来るわぁ!!」


かおりさんは一通り吠えた後、日本酒を一気に飲み干した。


『相変わらずお強い…』


少しの不安に襲われつつもウーロン茶を飲み、かおりさんの愚痴を聞いていた。が、よほど溜まっていたのか、かおりさんの愚痴は止まらず、苦笑いをするしかなかった。


食事を終えた後も、かおりさんの愚痴は止まらず。


かなり酔ってしまったせいか、呂律が回っていなかった。


「私も会社辞めて、別の会社に行ったんだけど、そこに来たんだよぉ。山根のあほたれ。『独立したので、引き続きよろしくお願いしま~す』だって」


「え!?独立ですか?」


「そうそう。白鳳クリエイティブのバックアップがあるので、安心してお任せくださいだって。潰れてしまえって思ったわよ」


「…そうなんだ」


「美香ちゃん?まさかアホのところに行きたいなんて言わないわよね?」


「言いません」


「ならよかったぁ。大体さぁ、あいつ仕事できないくせに~~~」


正直、山根さんだけは会社を辞めないって思っていた。


プライドも高いし、ブランド志向も強いから、そう思い込んでいただけかもしれないけど…


『独立かぁ』そう思いながらかおりさんを見ると、かおりさんはブツブツ言いながら酔いつぶれていた。


「またですか…」


思わず口からこぼれてしまったけど、かおりさんの耳には届いていないようで、気持ちよさそうに寝息を立てていた。

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