第19話 お誘い
急遽会社に呼ばれた日の定時近く、パソコンを見ていた木村君が突然立ち上がり、休憩室のドアを開けた。
「ユウゴ、ちょっと」の声で、休憩室をサボりながら掃除していたユウゴ君を自分のデスクに呼び出した。
ユウゴ君は木村君のモニターを覗き込み「マジかよ!ふざけ…」と小さく叫んでいた。
「この人、いつも急に言うくせに注文多くね?」と言うユウゴ君に「まぁまぁ。高額契約だからなぁ」と宥めるように言う木村君。
なんとなく気になってモニターを覗き込むと、仕事の依頼メールだったんだけど、担当者の名前に見覚えがあった。
”
前の会社で担当していた、こだわりが強く、何度も修正依頼を出されては、直していたんだけど、最後には一発OKをもらえた人。
何度か打ち合わせで会って、食事に行ったり、酔ったかおりさんを介抱し、そのまま家に泊まったこともあった。
「この田豪崗さんって、以前、神奈川に本社がある丸山企画にいらした方ですか?」と聞くと、木村君が「そこまではわかんないなぁ…」と少し困った様子。
それを聞いたユウゴ君は悪い笑みを浮かべ「もしかして知り合いだったりしちゃったりしちゃう?」と言ってきた。
「人違いでなければ、以前の会社で担当してましたけど…」と言いかけると、突然ユウゴ君はガッツポーズをし、「よっしゃああ!じゃあこの案件、美香ちゃんにあげちゃう!」と大喜び。
ユウゴ君は木村君の「おい、待て」の言葉も聞かず、「おっそうじおっそうじ~♪」と歌いながら休憩室に戻っていた。
木村君はユウゴ君を追いかけ休憩室へ行き、その間、仕様書の内容をずっと見ていた。
『相変わらずこだわりがすごいなぁ… 短い動画で基本はシンプルなんだけど、このエフェクトの位置とか、フレームインの仕方とか、ホントこだわってるなぁ… しかも明日の15時までって、無茶苦茶すぎるけど、かおりさんで間違いない』
そう思い立ち、すぐに木村君のパソコンから、データを私のパソコンに移動させ、作業に取り掛かった。
かおりさんが好きな編集を思い出しながら、パソコン上にそれを再現させる。
仕様書には書かれていない細部に至っても、よく修正依頼を出されていたことを思い出し、編集作業をしていた。
短い動画だったから、2時間もあれば必ず終わる。
懐かしさを感じつつも、作業を続けていたら、木村君とユウゴ君が休憩室から出てきた。
「美香ちゃん… 怒られたから帰っていいよ」とふてくされながら言うユウゴ君。
「いえ、かおりさん細かいし、懐かしいからやっちゃいます。てか、ちょっとやっちゃいました」と言うと、二人は自分の席に座り、私のモニターを凝視し始めた。
しばらく作業をしていたけど、これだけ近くで見られるとやりにくくて仕方がない。
しかも二人はモニターを見ながら「ほぉ~。そうやればいいんだ」とか「仕様書にはこう書いてあるよな」とか、私が居ないかのように、会話を繰り広げていた。
やりにくさを感じつつも、作業を続け、最後の仕上げに取り掛かる。
画面右下に半透明の会社ロゴをゆっくりと回転させる。
パっと見はわからないんだけど、背景が黒の時にだけ、本当にうっすらと会社ロゴが浮かび上がるように調整する。
いたずら心で入れたものなんだけど、かおりさんが気に入ってくれたものの一つ。
この動画を見せた時に、すごく喜んでくれて、個人的に食事に誘われたことを思い出した。
最終チェックを済ませた後、エンコードをし、メールに添付する。
「担当者は副社長でよろしいですか?」と聞くと、木村君が「園田美香で」とご指名。
ユウゴ君は少し不貞腐れた様子だった。
すぐにメールを送り、帰宅準備をしていると、会社の電話が鳴り、ケイスケ君が対応。
「園田さん、お電話です。3番ね」と。
すぐに電話に出て「お電話代わりました」と言いかけると、私の声を遮るように「美香ちゅわぁぁぁん」と、かおりさんの甘えた大きな声が聞こえてきた。
「ご無沙汰してます。よくわかりましたね」
「わかるって!あのロゴ回転!本当に探したんだからね!!」
「探したんですか?」
「探したわよ!ねね、今、近くにいるんだけど、ご飯行かない?」
突然の食事のお誘いに戸惑った。
確かに固形物を食べられるようにはなったけどほんの少しだけ。
油物や刺激物はまだ受け付けないから、どうしようかかなり迷った。
するとかおりさんが「あ、聞いてるから大丈夫。うどん食べに行こう」と。
『聞いてる?情報漏洩しすぎじゃない?』と思いながら、待ち合わせの場所を約束した。
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