第18話 HELP!

病院に行った翌日。


いつもは朝一、8時前に木村君から電話が来るんだけど、この日は連絡が来なかった。


9時を過ぎても電話もメールもなく、『今日は在宅無しなのかな』と思いながら時計を気にしていた。


時計を気にしながら、ネットで物件を探していた。


11時を過ぎた頃に、早めの昼食を食べていると、電話が鳴り、画面に『会社』の文字が浮かび上がっていた。


電話に出るなり「美香ちゃん助けて!HELP ME!!」と言う男性の叫び声。


「え?」と言う間もなく、電話が切れてしまった。


『何今の。イタ電? ってか、今のってユウゴ君の声? 忙しいってこと? 忙しすぎて素材を送れないとしたら… かなりやばくない?』


少しだけ考えた後、急いで支度をし、家を飛び出した。


今から出たって到着するのは14時を過ぎる。


14時過ぎに着いたって、作業時間はたった4時間程度しかない。


それでも助けを求める声に、なぜか急がずにはいられなかった。


電車に揺られている間、頭の中で自問自答を繰り返していた。


『昔こうして欲しかったから急ぐ? いや違う。 そんなんじゃない。

仕事が好きだから? 確かに編集作業は楽しいと思う。 けど、それも違う。 

誰かを助けてあげたいから? 助けを求める声には応じてあげたい。 けど、それも違うような気がする』



『…じゃあ、誰かに会いたいから?』


この言葉が頭をよぎったとき、耐え切れないほどの頭痛に襲われた。


膝に乗せた鞄におでこを押し付け、息を止めて痛みに堪える。


傍から見たら、爆睡している人にしか見えないだろう。


けど、実際は痛みに堪え続けていた。


電車に揺られ、何度か乗り換えをしても痛みは治まらず、会社から最寄りの駅についても痛みは治まらなかった。


仕方なく、自販機で水を買い、薬を飲むことにしたんだけど、改札を出てすぐに「あれ?美香ちゃん?」と呼ぶ声がし、振り返ると木村君が歩み寄ってきた。


「どした?顔色悪いぞ?」


心配そうに顔を覗き込んでくる木村君と、なぜか目を合わせられず、俯いたまま軽くお辞儀をした。


「本当に大丈夫か?ちょっと移動したほうが…」と言いながら肩に腕を回された瞬間、視界が真っ暗になるほどの激しい頭痛に襲われてしまい、その場に蹲ってしまった。


「お、おい!しっかりしろって!!」


心配そうに声をかけてくる木村君に、何度も「大丈夫です」と伝えたんだけど、言葉は伝わっていなかったようで、強引に近くのベンチに座らされた。


少しすると、視界がぼんやりと明るさを取り戻し、頭痛も徐々に引いていた。


「ほら」と言いながら、ペットボトルの水を差し出される。


『薬…』と思ったけど、ここで薬を飲んでしまえば、余計に心配させることになるだろう。


「ありがとうございます…」とだけ言い、ペットボトルの水を受け取った。


木村君はため息をつきながら隣に座り「急に座り込むからびっくりしたよ」と言い、水を一口飲んでいた。


「今日はどうしたんですか?」


「それこっちのセリフだから。急にどうした?」


「ユウゴさんに呼ばれて…」


「え?今日はそこまで忙しくないし、ユウゴ一人で十分だから、在宅も休みにして、俺も兄貴のとこ行ってたんだけど… あの野郎… サボる事覚えやがったな…」


「え?電話でHELP MEって言われましたよ?」


「ああ、あいつ、本気で切羽詰まってるときは黙るから。 電話をする余裕があるってことだよ」


「…つまり無駄足ってことですか?」


「そうとは限らないよ。やってほしいことはいっぱいあるし。編集じゃなくて事務だけどね。そろそろ行けそう?」


「はい」


そう言いながら立ち上がり、木村君と二人で会社に向かった。


会社に着いた後、ユウゴ君は『勝手に呼び出したペナルティ』として、休憩室の掃除を命じられ、何度もドアを開けては私に「俺掃除嫌い!美香ちゃんHELP!」と助けを求め、そのたびに木村君は無言でドアを閉めていた。

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