第17話 記憶の蓋
翌日、朝一で木村君から電話が来た。
けど、軽い頭痛を覚えたため、出ないままでいた。
すると、すぐに短い着信音が鳴り『具合悪いのか?』と短い文章のメールが来た。
『体調が悪いので病院に行きます。申し訳ありません』とメールを送ると、すぐに木村君から『無理させて悪かった。本当にごめん。今日は在宅もいいからゆっくり休んで。ごめん』とのメール。
頭の中で寂しそうな表情をする木村君の顔が浮かび上がった。
予約の時間が近くなり、家を出た後、『なんていえばいいんだろう。なんて言われるんだろう』と少し考えた。
もしかしたら『気のせい』で済まされるかもしれない。
『印象に残る出来事がなかっただけ』で済まされるかもしれない。
印象に残る出来事がなかったんだとしたら、なんで寂しそうな表情で『ごめん』って言われたことは覚えてるの?
気のせいだったとしたら、なんで『ごめん』の一言ははっきり覚えてるの?
何かしたから『ごめん』って言ったんだよね?
何が『ごめん』なの?
病院に行くまでの道中と、病院の待合室にいる間、ずっとそんなことを考えていた。
名前を呼ばれ、診察室に入ると、年配の担当医が「久しぶりだね。今日はどうかした?」と聞いてきた。
過去の記憶の一部がないことを、時々起きる頭痛に堪えながら話をしている途中、何度も考えるように「んー」と言ってくる。
けど、表情はかなり真剣。
真剣に話を聞く表情を見ていると、なぜか涙がこぼれそうになる。
担当医は「んー…」と少し考えた。
「その特定の人物についてなんだけど、特別な感情を持っていた記憶はある?」
「…ないです」
「んー。限局性健忘… 系統的健忘…」と、独り言のようにつぶやいた。
「限局的健忘っていうのは、ごく限られた期間の出来事を思い出せなくなる事なんだ。んー… 例えば、耐え切れないほどの恐怖体験をした人たちに多く見られるんだけど、そう言った被害にあった人は、恐怖心や身体感覚だけではなく、当時のことがそっくりそのまま記憶から抜け落ちてしまうんだ。 んー… その特定の人がその事に関わっているとしたら、系統的健忘を併発していてもおかしくないね。んー…」
「限局的健忘と系統的健忘…」
「簡単に言うと、辛い記憶に蓋をしているってことだよ。んー… 実生活に影響は?」
「今のところないです…」
「んー… じゃあ様子を見ましょう。 あまりにも頭痛が酷いようだったら痛み止め飲んで。 導眠剤はまだある?」
「はい…」
「じゃあ眠れないときはそれ飲んで。 気になるかもしれないけど、無理に思い出そうとしないで、自然と蓋が外れるのを待った方がいいよ。 自分自身が必要であると判断したら、自然と外れるし、必要でないと判断すれば、蓋をしたままだから。 もし、実生活に支障が出たらまた来てください」
『辛い記憶に蓋をしてるか…』
帰り道に歩きながら、言われた言葉を繰り返していた。
『辛い記憶… 何があったんだろう… 無理に思い出すのはやめた方がいいか… 病名を言われるのって辛いよなぁ…』
大きく息を吐き、ゆっくりと家路をたどった。
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