第15話 外堀

午前中の作業を終え、今日こそアパートに帰ろうと帰宅準備をしていると、木村君が「ちょっとだけ時間もらえる?」と聞いてきた。


木村君の後を追い、昨日、屋上に向かった扉とは、反対方向にある扉の向こうに行くと、そこにはソファとテーブル、一角にはカーテンで遮られたロッカーが立ち並んでいた。


「ここ、休憩室兼更衣室ね。フルタイムで勤務できるようになったら、昼飯はここで食べて。着替えが必要だったら、ロッカーに名札貼っておくからそこ使って」と、淡々と説明を始めていた。


「あ、あの、フルタイム勤務って決定事項なんですか?」


「うん。決定。俺も腹括った」


「括った?」


「あ、いや、こんな優秀な人材、見逃すわけないじゃん」


そう言いながら笑いかける笑顔は、少し寂しそうな感じがした。


「てかさ、俺うっかりして振込口座聞いてなかったんだよね。これ書いてもらっていい?」と言いながらソファに座り、書類をテーブルに広げ始めてた。


『ここまで来て「やっぱ辞めます」とは言えないよな…』


そう思い、半ば諦めながら必要書類に記入していた。


すべての書類に記入した後、木村君はポケットから鍵を取り出した。


「すぐ裏のマンションなんだけど、今は誰も住んでないから使っていいよ。あ、事故物件とかじゃないからね?前は俺が住んでて、こっちに引っ越すことになったんだけど、今はだれも住んでいなくてもったいないからさ。あ、変な意味じゃないからね?」


慌てたように話していたけど、どう考えても変な意味にしか捉えられない。


「もしかして、逃げられないように外堀埋めてるんですか?」


「あー、そうか。そうなるか… まぁそう捉えて貰って構わないよ」


木村君はため息をつきながらソファにもたれかかり、鍵をテーブルに置いていた。


鍵を受け取ることもできず、かと言って突き放すこともできず、テーブルに置かれた鍵を見ていると、木村君がもう一度ため息をついた後、切り出してきた。


「実はさ、これからかなり忙しくなるんだよね。家、遠いから帰れる日が少なくなると思うんだ。断ったんだけど、兄貴… いや、親会社社長からの命令でさ。ホントごめん」


小さくつぶやくように言う『ごめん』の言葉に、弱くて鈍い頭痛が起きた。


『あの言い方… 私知ってる… 木村君に言われたことある…』


そう思うと頭痛は酷くなってしまい、俯いたまま返事ができずにいた。


下を向いたまま「仕方ないですね。必要な時に使わせていただきます」と言うと、木村君は「良かったぁ」と言いながら大きなため息をついた。


「必要な時にお借りしますので、それまでは社長がお持ちいただけますか?」


失礼のないよう、丁寧な言葉遣いをしたんだけど、木村君はまた寂しそうな表情で「わかった。ありがとう」とだけ。


『いつも寂しそうな顔してる。なんでだろう…』


そう思ったけど聞くことができず、「お先に失礼します」と言って一礼し、会社を後にした。

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