第12話 感謝
休憩を終え、1階に戻ると、女の子の姿がなかった。
木村君が「あれ?篠崎は?」と聞くと、グレーのスーツを着た男の子が「体調不良で早退です」と、パソコンから視線をそらさず、淡々と答えていた。
木村君は心配する様子もなく「またか」とだけ言い、私の隣に座る。
『それだけ?』と思いながら椅子に座り、作業を続けた。
結局、飛び入り参加で作業をしてしまい、迎えた定時。
ユウゴ君は時計を見た後、「んああああ」と声をあげながら大きく伸びをし、ヘッドフォンを外した。
「美香ちゃん、もう終わる?」
「もう少しです」
パソコンから視線を外さないまま、返事だけをすると、ユウゴ君は私の作業するモニターをじっと見ていた。
エンコード開始ボタンを押すと同時に、ふーっと大きく息を吐く。
するとユウゴ君は、私の座っていた椅子をクルっと回転させ「美香ちゃん!飛び入り参加ありがとう!!今日は泊りになるって思ってたから助かったよ!!」と言いながら、右手を差し出してきた。
「…いえ」とだけ言い、差し出された右手をそのままにしていたら、ユウゴ君は強引に私の右手を引っ張り、強引に握手をさせられた。
『あれ?前もこんなことがあったかも…』
そう思っても、いつどこで起きた出来事なのか、まったくもって思い出せない。
浮かれるように話しかけてくるユウゴ君を余所に、思い出そうとすると、鈍い頭痛がじわりじわりと押し寄せてきた。
『これ以上酷くなる前に帰ろう』
そう思い立ち、「このまますいません」と言いながら手を引っ込め、椅子から立ち上がると、ユウゴ君も立ち上がり「いやぁ本当に助かったよ!」と言いながら両腕を目いっぱい広げ、近づこうとしてきた。
『怖い。無理』と思った瞬間、木村君がユウゴ君の横を通り、ユウゴ君は「ぐふ」と言いながら両手を引っ込め、自分のお腹を抱えていた。
「セクハラだぞ。副社長」と木村君が言った後、「パワハラだぞ。社長」とユウゴ君が答える。
その後、二人で「頭ポンポンはセクハラだぞ」とか「強制握手もセクハラだろ?」と、笑いながら言い合っていた。
『不思議な会社だ…』と思いながら帰り支度をしていると、木村君が「送るよ」と。
すると向かいに座っていた二人が「社長!ありがとう!今日はいつもの居酒屋まで」と会話に乱入。
4人で無駄話をする中『帰りたい…』と思っていたが、帰ろうとすると呼び止められてしまい、なかなか帰れずにいた。
結局、5人で車に乗り込み、木村君の運転で実家まで送ってもらうことになったんだけど、道中、いろいろな話を聞かされた。
今まで募集をかけていたけど、応募してくる人がいなかった事。
さっき事務所にいた女の子『篠崎あゆみちゃん』の場合、面接のときに「編集が得意」と言っていたけど、実際にやらせてみるとスマホのアプリでしか編集ができず、パソコンも触ったことがない状態。
そんな状態で仕事として通用する訳もなく、事務として雇っているけど、何もできないし、覚える気もなさそうなので、不満が募っているようだった。
「バイトなのが唯一の救いだよなぁ」とユウゴ君がつぶやくと、木村君は小さく溜息をついていた。
『色々大変なんだなぁ』と思いながら車に揺られていると、実家の真ん前で車が停まった。
『案内もしていないのにどうして知ってるの?』
そう思ったけど言葉にできず、お礼の言葉を並べて車を降りた。
すると運転席から「今日は本当にありがとね。明日、体調良かったら来てくれるとありがたいんだけど、無理はしないで。あ、もし無理そうだったらメールして。それと休憩中に言ってた件、本気で早急に検討して。あ、でも、無理そうならあれだから!」と、途中、後部座席から急かす声に負けないよう、木村君が早口で捲し立てたけど、結局、3人の声に負けてしまい、車を発進させていた。
『あれって何?』と思ったけど、車は行ってしまって聞くことができず、疑問を抱えながら実家の中に入った。
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