第11話 休憩

『もっと早く… もっと早く… より正確に… もっと早く…』


黙々と作業をしている間、頭の中で繰り返していた言葉。


一つの作業を終えた後、すぐに次のファイルに手を伸ばし、エンコードが終わると同時に次の作業に取り掛かる。


『もっと早く… もっと早く…』


『早く… 早く… 正確に… 早く…』


鈍い頭痛を忘れるくらい、同じ作業を繰り返し、同じ言葉を頭の中で繰り返す。


何かに憑りつかれたかのように、同じ作業、同じ言葉を繰り返していた。


数冊のファイルを片付けた後、突然、頭の上にポンっと何かが乗る感じがし、ハッとしながら横を見ると木村君が立っていた。


「ちょっと来て」


私の頭に乗せていたままの手のひらで、軽くポンポンと頭を叩き、少し寂しそうな笑顔で私を見る。


『この笑顔、知ってる…』


どこで見たかはわからない。けど、寂しそうな笑顔を見た記憶だけはあった。


木村君の後を追いかけ、事務所の横にあるドアを出て、階段を上る。


3階にある、鉄製のドアを開けると、緑豊かな自然の景色が視界に広がった。


「こっち座りなよ」と声をかけられ、振り返ると、木村君は足を放り投げてベンチに座り、大きく伸びをしていた。


木村君の隣に座ると、心地いい風が通り抜け、気分が少しだけ楽になる。


大きく深呼吸をすると、「はい」と言いながら、目の前にペットボトルの水を差し出された。


「あ、ありがとう…ございます…」


小さくつぶやくように言いながら受け取ると、木村君はクスっと笑い、もう一度、大きく伸びをした。


外の景色を見ながら外の風に当たっていると、自然と無言になってしまう。


しばらくの沈黙の後、木村君が切り出してきた。


「…前の会社でもあんな感じだった?」


返答に迷ったけど、嘘をつくのはよくない。


「はい…」小さくつぶやくように返事をすると、木村君は「そりゃ体壊すわ」と言いながら軽く笑い、水を一口飲んだ。


「…どこまで聞いてるんですか?」


「ん?血吐いて倒れて失業したって。違う?」


「大体合ってます…」


「なんとなくわかるよ。あの表情は異常だし、あんな顔で仕事をさせる上司がおかしい。てか、退院した後って、こっちから通勤してたのか?」


「いえ… 今も向こうで一人暮らししてます」


木村君は「ええ!?」と驚いた声を上げた後、何度も謝罪してきた。


「退院してからずっと調子が悪いって聞いてたから、てっきり実家に戻ってると思ってたわ。ホントごめん!」


「いえ…」


小さく返事をすると、木村君は何かを考えてしまい、自然と沈黙が訪れた。


心地よい風に当たり、鳥や虫たちの鳴き声を聞いていると、都会の喧騒を忘れてしまいそうになる。


『気持ちいい』


そう思いながら緑豊かな景色を見て、自然の奏でる音に耳を傾けていた。


しばらくの沈黙の後、「…そろそろ戻ります」と言うと、木村君は「なぁ」と切り出した。


「ここ住むか?」


突然の提案に「は?」と聞き返してしまった。


「ここ、元々じいちゃんちで、今は2階が俺んちなんだけど、部屋余ってるし…」


「結構です」


言葉を遮るように言うと、木村君は「ですよねぇ」と笑いながらため息をついていた。


「…必要でしたら、近く引越しますので」と言いかけると、今度は木村君が「必要です。早急に必要です」と言葉を遮った。


『そりゃそうですよねぇ。クリエーター、一人だけっぽかったですもんねぇ』と思っていると、「引っ越し代は出すから、早急に引っ越してフルタイム出勤してください」と、はっきりと言いきられてしまった。


今までは「大丈夫そうだったら」とか「できれば」とか、曖昧な言葉を並べていたけど、今は刺すような視線で私を見て、はっきりとした強い口調で言っていたから、よほど切羽詰まっているのだろう。


そんなまっすぐに見られてしまうと、断れるものも断れなくなってしまう。


「…前向きに検討します」と答え、木村君が「前向きじゃなくて…」と言いかけた時、彼の携帯が鳴った。


少しの会話の後、木村君は電話を切り「休憩終了です」と言い、大きなため息をついていた。

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